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他愛無い日々 9
私の中にいくつもの思い出が、日記帳のページのように書き束ねられている。
どれもこれも、それらは色褪せることなんてない。
ページをめくるたびに鮮明に蘇る過去の時間たち。
けれど、私達は今という時の中にいることを忘れてはならない。
永く浸るだけ今が過去に侵食されてしまう。
それは、良いことではないことを私は知っている。
白いシーツの中で眠る晴馬の顔をそっと撫でた。
彼の造形も体温も声も名前も愛しくて、キスをした。
私に寄り添うことに、何の疑問もない真っすぐな心が愛しくて、彼の肌に頬ずりした。
ナイトテーブルのランプに手を伸ばして消灯する。
薄暗い部屋の中で見つめる寝顔から、すぅすぅという寝息が聞こえる。
彼の首筋に自分の顔を埋めて、背中に手を回す。
すると寝ながらでも私を抱き込んで、ぎゅうと強く抱き寄せてくれる。
この当たり前を私は毎晩、お父さんやお母さんを想いながら感謝する。
命が終わるまでの限られた時間でしか、
この肉体で触れ合うことはできないことを私は両親から学んだ。
別れは理屈抜きにとても悲しいことだ。
心が押しつぶされたオレンジのように軋みながら垂れ流す果汁のごとく。
血と涙の雨に濡れながら、最近やっと悲しみから抜け出せるようになれたのは。
晴馬がいてくれるから。
子供たちがいてくれるから。
一人ではきっと乗り越えられない苦痛だと思った。
「……晴馬」
ありがとうの気持ちで彼を呼ぶ。
大好きという気持ちで彼の名を唱える。
「……ん?」
寝ぼけて返事をくれる夫に思いきり甘えた。
「……どうした?まだ辛い?」と、優しい声で聴かれると涙がにじむ。
それから、彼は私を大事なものを扱うように優しい手つきで体を撫でてくれた。
私が眠りに落ちるまで、彼は時々信じられないぐらい長い時間私をさすってくれる。
彼に出会えたこと、彼と結婚できたこと、彼との子供を産めたこと。
彼と共に在る人生すべてを、神様に感謝する。
辛く悲しい出来事もいつか思い出のページの一枚になるまで。
私は最愛の夫の胸の中で眠る幸せを抱きしめた。
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