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他愛無い日々 31
「やったぁ」
「何時から?」
「19時だって」
「録画は?」
「もちろん、セット完了よ」
なにやら騒がしい。
ブリキ缶に青いペンキを吹きつけ塗装していた俺は、空いた窓から聞こえる子供らのはしゃぐ声に気付いて顔を上げた。
マスキングしてプラバンをくり抜いておいたシートを固定して白いスプレーペンキで拭きつけようとしたら風が吹いてきた。屏風開きで飛散防止に使用している段ボールが、風で倒れて役に立たない。風向きが変わってきて、西から雨雲がやってくる気配がする。まだ日が落ちるまで時間はあるはずなのに、雲のせいで日没のような暗さがやってくる。
しょうがない。
今日はここで中断だ。
片付けをして物置用の巨大葛篭に収納していると、また開いた窓から子供らの声。
「きゃぁぁぁ」
女みたいな悲鳴を上げるのは、燿馬だ。
「あははははは」と、豪快に笑っているのは恵鈴。
「なぁに?騒がしいわよ?」と、愛しの妻・夏鈴の声。
「やだやだやだやだ!」
また、裏返った声で悲鳴をあげている燿馬は今じゃ家族のムードメーカーだ。
時々、素なのか狙ってやっているのか俺にも見分けられない。
「今のは、偽物だよぉ」
「良いのよ、偽物だろうと。面白いじゃないの」と、夏鈴が言った。
何の話をしているのか、俺は気になって。
ペンキがついた軍手とつなぎを脱いで、袋にまとめて放り込んでから物置小屋に南京錠をかけた。そして、急ぎ足で玄関から家の中に飛び込むと。
リビングで三人仲良くテレビに齧りついていた。
三人ともこっちも見ずに、画面に意識を取られている。
俺は手を洗うのを後回しにして、夏鈴の隣に座って彼女の腰に手を回した。
画面には暗い部屋で懐中電灯を振り回す若者が移っていて、ハンディカメラで撮影したらしい手振れの映像が流れていた。廃墟の中を探検しているようだ。床が抜け落ちて、荷物が散乱していて、ひどく荒れている様子だった。
『もう帰ろう?怖いよぉ、なんか人の気配がする』
画面の中で女の子が訴えている。
四つん這いになって画面に近付いていく燿馬と、そのすぐ後ろで立ち膝になって見ている恵鈴も、神経を研ぎ澄ませていた。
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