635人が本棚に入れています
本棚に追加
「筆を洗ってたの。そしたらね、急に血がパタパタって手元に落ちたの」
恵鈴が両手を俺の前で広げて見せてくる。
だけどそこに血痕なんてひとつもなくて、指先や爪の間に絵の具の残留物が残っていた。灯油と水で筆を洗うと皮膚はガサガサになる。ハンドクリームを塗っても気休めのようなものでしかなく、恵鈴の手はいつだって油絵具や木炭の匂いがした。
そんな頑張り屋な彼女の手が、世界一美しい手にしか見えない。
「もちろん、幻だったんだけどね。でも、もしかして燿馬が怪我でもしたんじゃないかって虫の知らせのように感じたから、慌てて帰ってきたらこの有様……」
呆れた話だよ、もう。っていう続きを想像した。
けれど恵鈴は時々、俺が全く予想できない言動を取る。
「大事になってなくて、本当に良かった。
燿馬がピンチな時は、ママより速く気付いて駆けつける自信があるの」
片足たち膝の俺の膝上で、俺たちの手は自然と重なり、前のめりに顔を寄せてくる恵鈴の瞼がゆっくりと下ろされるのを見惚れながら……。
吸い込まれるようにキスをした。
まるで操り人形のように、自然とキスのタイミングがわかる。
胸にはいっぱいの甘酸っぱい痛みが広がって、それが全身にジワジワと広がっていく。魔法にかけられたように動けない俺に対して、恵鈴は体を寄せてきて俺の首に腕を回してきた。
「……恵鈴」
「耀……馬」
張り付いた胸から力強い鼓動を感じた。
同時に最近急に膨らみが良くなった柔らかいバストが、ふわりと俺を捉えた。
俺たちは見つめ合い、また浅いキスを交わす。
良いムード過ぎてそのまま押し倒してしまいたい、なんてことも考えていた、時だった。
「はい、終わり!」
態度が急変。
恵鈴は立ち上がり、夢心地の俺を置き去りにして救急箱を元の位置に収納。
立ち上がった瞬間に見えたスカートの中の足には真っ黒なタイツが装着されていた。
それでも後ろ姿を見た途端、急に俺の息子が反応。
あまりのことに小さな悲鳴が飛び出した。
「もう帰ってくるかな?」
振り向きざまにまたスカートがふわりと持ち上がる。
「お、俺を煽らないでくれぇぇ!!」
情けない声で、俺はクッションで股間を隠した。
最初のコメントを投稿しよう!