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四:待ちこがれ
雪が降っていた。こんな寒い日じゃ、客なんて来ないだろう。無意識に畳の縁をなぞり、退屈を持て余す。
煙管を咥え、窓から外を眺めた。いつもは賑やかな花街なのに、雪がまるで音を吸い込むみたいに静かな夜だ。
ーー人を殺すなら雪の日がいい。例え悲鳴があがっても、雪がかき消してくれるだろう。
「……姐さん」
鈴が震えるような声で明里を呼ぶ。ゆったりと振り返ると、眦(まなじり)に涙を滲ませ、明里の袖の端を掴んだ。
「姐さん。あたいは殺されてもいいから……だから犬神様を殺すのは辞めてくだせぇ」
「何を馬鹿な事を言ってるんだい?」
「だって……だって……姐さんは、犬神様に惚れてるんでしょう?」
この子がこの妓楼に来て何年経ったか。年が明けたら新造としてお披露目をする予定だ。末は花魁か……そんな噂も立つ程に器量の良い娘。花街に売られたというのに、すれた所のない、いじらしい子。
明里は優しく微笑んで、鈴の頭を撫でた。
「まだ男も知らない生娘が。何を生意気な事を言ってるんだい。あちきは旦那を愛してないし、旦那だってあちきを愛してるわけ……」
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