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 自室に戻り着替えを済ませてから苅与が十二号室の前に立つと、扉を開けて長い黒髪の女が現れた。艶のある双眸を一瞬だけ苅与に向け、 「お客様よ」  と室内に一声かけると、静かに階下へ去っていく。 「入っていいよ」  聞き覚えのある声で呼ばれ、苅与は扉をくぐった。  部屋の奥の寝台に、男はいた。上体を起こし枕に体を預けている。何もまとわぬ肩と、肩から胸に流れ落ちる長髪、それは共に純白の敷布に溶け込むほどの汚れのない白だった。ただ、瞳だけが透き通るような真紅をしている。毛布から突き出した両足には、包帯が巻きつけてあった。橙色の明かりに照らされ、年の頃なら二十前後のその若者は、小賢しそうな笑みで苅与を迎えた。 「魔司ってさ、魔法使うとき無防備になるだろ? 誰か他のやつに守ってもらってても、守りきれるもんじゃないし」  青年は挨拶のひとつもせずに話し始めた。苅与も礼儀など構わない人間なので気にせず返した。 「そうだな」  苅与は自分で自分を守る戦い方しか知らない。他人をも守らねばならないのは面倒だった。そして白い青年の足元にわずかに目をやる。『守りきれない』という言葉と両足の包帯に繋がりがあるように、苅与は感じた。 「寄生して、普通に戦ってるあんたの脳の使ってない部分を使って、おれは魔法を放つ。剣司は魔司を守らなくていいし、魔司は無防備でつっ立ってなくていい。楽だろう? 組まないか?」 「ああ」  苅与は間を置かずに答えた。快く承諾したというのに青年は、頭を掻きながら顔をしかめた。 「なんか、調子狂うな。言いくるめて無理矢理にでも組もうと思ったんだけど。あー、一つだけ言っておく」  青年は髪を掻き上げた。 「あんまり強く物事考えると、こっちにも伝わっちまうから。そのせいで揉め事が多くて寄生が禁止されてるんだけどな。それでもいいのか?」 「俺は気にしない。とにかく、魔司がいると仕事が早く済む。あんたを守らなくていいのは好都合だ」  苅与は青年を見据えた。青年は口の端を上げる。 「よし、交渉成立な。おれの名前は狼波(ロウハ)」 「苅与だ」 「年は?」 「二十二」 「負けた。おれは二十だ」  狼波が差し出した手を、苅与は無表情で握り返した。その手は苅与のよく焼けた肌の色にかき消されてしまいそうなほど白かった。
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