1

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

1

 街外れの朽ちた洋館の中、苅与(カイヨ)は一人、狼に似た魔物に取り囲まれていた。次々と襲いかかってくるそれらを、長身の逞しい体躯を翻し、順番に、無造作に、だが確実に斬っていく。十五匹ほどが床に転がり足場を煩わしくさせると、苅与は魔物を斬りつつ出口に向かってゆっくりと後退を始める。  その時、微かに人の気配を感じて苅与は眉間に皺を寄せた。辺りを素早く見回す。人間は、いない。  突然、苅与の周囲を何かが巡った。何かを擦るような音を立てながら、それは左周りに魔物を薙いでいった。苅与はすかさずいまだ立ち回れそうな魔物を斬った。五匹斬ったところで、部屋の中には襲いかかることのできるものはいなくなっていた。何匹かは逃げたのだろう。  苅与は窓から差し込むわずかな陽光で、『何か』が薙いでいった魔物を見た。その体には手のひらほどの氷の破片が無数に食い込んでいた。  館を抜け出し苅与は、目を細めてゆっくりと辺りを見回した。確かに人の気配がするのに、視界に動くものは何一つ見当たらない。 『おれはそこにはいないよ』  どこからか声が響いた。若い、男の声。 「どこだ」  苅与は表情を変えず、気配を探った。 『あんたの頭の中で直接語ってるんだ。魔物はもういないだろ? そのまま話を聞いてよ』  馴れ馴れしい口調で話し出す。苅与は断る理由が別段なかったので無言で従った。 『さっきの氷の術はおれがやったんだ。寄生魔司って知ってるか?』 「知らないな」  魔司とは魔法を司る者で、何度か共に仕事をしたことがあったが寄生というのは聞いたことがなかった。 『だろうね。禁止されてるし。おれはね、今あんたの中に寄生してるんだ』  苅与は特に反応しなかった。魔司が魔法を使っているのだろうとは思っていたし、誰もいないのに声がするということは寄生とやらをしているというのもうなずける。 『あ。今あんた、気味悪いとか思わなかったね。いいねえ』  体を共有しているためか、声の主の上機嫌を苅与は自分の中に感じた。 『組んで仕事がしたいんだ。体を借りたい。あんたが泊まってる宿の十二号室にいるから会いに来てくれよ』  そう一方的に言い残して人の気配は途切れた。  苅与は溜め息を吐いて、道なき道を下り街へ向かった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!