エラッタと三つのねがい

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 実は彼はエラッタの旦那様なのです。今日も収穫がなかったと聞けば怒り狂って彼女の心がボロボロになるまで責め苛むでしょう。  DVだのハラスメントだのという言葉は弱肉強食が支配する地獄にはありません。女性が魔物の餌食にならずに生きていけるほど甘い世界でもありません。エラッタは大魔王に守ってもらう他に生きる道はありません。  そして、生活していくためには人間の魂が必要不可欠です。 「どうしたらいいのかしら」  彼女が寒空の下で半べそをかいていると、どこからか声が聞こえます。  今にも消えそうな細い声でこう言いました。「……どうか、わたしを助けてください」  エラッタは、ぱっと明るい顔を取り戻し、一目散に声の主のもとへ行きました。 「そんな契約はこちらからお断りですわ」  暖炉があかあかと燃え、格調高いテーブルの上にはおいしそうなケーキと淹れたての紅茶が湯気を立てています。  エラッタは何が気に入らないのでしょうか?  品のよさそうな初老の紳士がにこやかに語りかけました。 「ですから、何度も申し上げますように、私どもは無理やりにとは申しません。あなた様のご事情にあわせてきめ細かいプランを…」「けっこうです」  エラッタは憮然と席を蹴って魔法陣の中に消えました。 「この野郎! こんな時間までどこをほっつき歩いてやがった!」  せせこましくて傾きかけた城に怒鳴り声が響きます。ビリビリと石壁が揺れ、パラパラと砂が落ちました。  大魔王と名乗る輩は地獄にはありふれていて、エラッタの亭主は収入が多い方ではありません。  この城だって大地獄神から十二万回払いで譲ってもらった物件で、とうぜんローンは残っています。  ゴブリンやトロールなどの眷属は給料も満足に払えないので当然おらず、エラッタが一人で切り盛りしています。 「はああ、クタクタになって帰れば、家事地獄が待っているのね」  エラッタがめまいを感じていると、耳元で張り裂けんばかりの声がしました。 「のこのこ帰ってきやがって! 魂は山ほど手に入ったんだろうな? こーんな遅くまで仕事してたんだからな。さぞ大漁だろうて」  大魔王はエラッタの苦労も知らず好き放題にまくし立てます。  息巻く夫をよく見れば、シミや継ぎ合せだらけのマントに、今にも折れそうな杖に弛み切った身体を預けています。
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