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物音に怯え、病室で過ごす女は、もう二度と顔を見せに来ないであろう男を、いまかいまかと小さい、はめごろしの窓から外を覗いて、待っている。
哀れにしか思えぬその背中を、男は察することができるだろうか。愚問だと白衣を纏う者たちは、口に出さずとも、皆がそう確信していた。
氷を思わせる冷たく、鋭い眼差し。
どんなに愛想笑いを浮かべていても、専門的に人を分析してきた医師には、繕ったところで無駄骨である。
よろしくお願いします、必ず迎えに来るからね。
男の言葉には女に対するささやかな怒りと苛立ちと、そして医師や看護師に対する怯えが見てとれた。
誰よりも、己の本質を見透かされることを恥とする生き方をしてきた者だということがばれることに、畏怖を感じているのだろう。
とくに、このような場所では。
いっぽう女は、男を夢に見るたびに飛び起き、泣き叫び、窓からじっと、外を眺めてばかりいる。
無理もないと、看護師は女を落ち着かせるたびに男に対して憤りを感じ、女をいたわった。
男はかつて、女に好意があると思わせ近寄り、演じてもてあそんだ。
話術にも、仕草にも全て嘘に長けていた男はなにが楽しいのやら、女から全てを奪っていった。
笑顔も自信も、声も全て。
壊して、また治して、壊してを繰り返し楽しんでいた。
飽きたから、ここに閉じ込めたんですよ。あいつは、心なんてどこにもない、厭な奴なんです。
見まいに来た女の同僚だという、膝が破けたジーンズをはいた、声の大きな若い男が教えてくれた。
あの男を、なんとなく避けている人もいたという話もしてくれた。
美しく、背が高く、甘い声と利発な物言いは人々を惹き付けたが、どこか不気味な雰囲気をあわせていて、いわば「玄人」と呼ばれる女たちはとくに、近づこうとしなかったと。
かわいそうな子。
まるで、裏切られた動物のよう。
医師はベッドで横たわらず、毛布をかぶり、窓から外を眺めながらうとうと眠る女の姿に、胸を痛ませ、同時に男に対してさらなる怒りを覚えた。
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