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彼ら二人は小学校高学年にしてすでにマイケル・ジャクソンやら安部公房やらヒッチコックやらを好んでおり、周りの生徒たちより幾らか知恵があった。彼らが珍しく反抗的に「あいつ」と呼んでいるのは音楽会の練習のために来た女性の外部指導者、ミサワである。
さて、四校時目が始まる直前になると、五年生全クラスがぞろぞろと体育館に向かう。各クラスの担任も無表情でついて行く。体育館につくと、ミサワがいる。生徒たちの顔が一瞬にして曇る。
「なあにをぐずぐずしているのっ」ミサワの声が体育館中に反響する。カマタが顔をしかめヤマモトがうなり声を小さくあげた。
「はやくひな壇に上がるのよっ」五十代とは思えないミサワの声は高く高く響き、音に敏感な生徒は本能的に耳を塞ぐほどだ。また彼女の叫び声を聞くのはなんとしても避けたく、生徒たちは急いでひな壇に登る。ほとんど間髪を入れずにミサワが、
「では最初のパート、ソプラノからっ」と言って、指揮をはじめる。ひな壇の右側に位置するソプラノの生徒たちは引きつった顔で歌いはじめる。するとほとんど進まないうちにミサワが
「何回言ったら分かるの、ずれている人がいるわ。それに、ここはクレッシェンドでメゾフォルテまであげるのよっ。何故出来ないのっ。そこの二段目のあなた。そうよあなたが出来ていないのよ。あなたが出来るまでやるわ。あなたが出来ないと曲の魂が抜けるの。皆完璧に歌えないと魂が入らないのっ」とカマタを指さして轟音を響かせる。ミサワが嫌われる所以の第一はここにある。すなわち間違いをしている生徒を晒しあげ、直るまで一人歌わせるのである。だが彼女はこのやり方でたいへんな実績をあげていたので、自信を持っている。カマタはこうした精神的苦痛を与える指導はひどく嫌いであり、いままでの同様な行動も相まって遂に彼を怒らせた。体がわずかに震えている。
生徒たちのミサワへの恐怖はそればかりではない。一人での歌が上手くいかないと……。
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