モスキート1

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「ちょっとあなた」とミサワが怒鳴ってひな壇に登り、カマタをひっつかんで強引に引きずり下ろした。カマタはヤマモトを一瞥する。カマタを気の毒そうに見つめていた全ての目が見開き、そしてヤマモトを除いた全ての目がカマタから視線をそらす。全ての音が反響して皆の耳に飛び込む。教師らは伏し目で床の白い線やらをみつめている。ヤマモトの目がピクリと動く。 一瞬の静寂。カマタがミサワを、ミサワがカマタをにらむまでの緊迫した静寂。 静寂が破られる。ミサワの叫び。 「何であなたはいつもずれているのっ。練習が足りないのよっ。私の言うとおりにすれば出来るの。あなたは聞いていないのよっ。耳の穴が棒かなにかを突っ込んで開けられた節穴なのよ。それから声も。酷い声よ。薄汚い猿の方がましな声をだすわ。全国音楽会まで日が無いの。猿なみの声のあなたがみんなの足をひっぱってるの。消えるか一人で歌うかしなさい。消えるか一人で歌うかしなさいっ」反響。反響。ミサワの声はまるで生徒一人一人に向けられたように各人の耳に入る。教師たちはミサワに視線を向けたが、口を駱駝のように無意味に動かすだけでなにもしない。カマタの担任の教師などは床に座りこみ白線を撫でている。何人かの女子生徒は耳を塞いでしくしく泣いている。ひな壇にいる者ではヤマモトだけがじっとミサワとカマタを凝視している。ヤマモトはこのとき、ヒッチコックの「鳥」に出てくる男の台詞が頭に浮かんだ。 「世界の終わりだ」 この場でのカマタにおけるミサワ対処方法は全生徒が知っている。意欲を見せる。そして謝る。口答えはしない。しかしカマタは声を震わせてこう言ったのだ。 「酷い侮辱です。あなたが人に物を教えることが信じられない。僕の声は猿なみのようですが、僕にはあなたの頭が猿なみに思えます」 教師たちが一斉に吃驚してカマタを見たのとほぼ同時に、激しい音がする。 パチン
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