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この頃、美星は病気の母さんの代わりに、朝早く出勤する父さんのために毎朝早起きして朝食を作っていたのだ。
「あ、お父さん。もうすぐご飯できるから、ちょっとだけ待っていて」
キッチンに父さんが入って来ると、美星はわずかに怯えを含んだ声で慌てて言った。あの頃、ブラック企業で働いていた父さんは、仕事に忙殺される毎日で苛立っていて、些細な事で家族を怒鳴る恐い人だった。
「そんな時間はない。今日は二十分早く出勤すると、昨日言っただろ」
「え? そんなこと私には……」
「言ったのは愛美にだったか……。まったく、あいつはそんなことも美星に伝えていなかったのか。仕事に出かける夫の食事も作れないくせして!」
「ご、ごめん。私が悪かったんだよ。私がお母さんにちゃんと聞いていなかったから……」
「とにかく、朝食はいらん。急がなければ……」
そう言うと、父さんは家を出て行った。キッチンに取り残された美星はフライパンに視線をやり、つくりかけのスクランブルエッグを悲しそうに見つめる。
「……これは、私の朝ご飯にしようかな」
そう呟く美星の顔を見た僕は、驚いた。
さっきまで泣き出しそうな顔をしていたのに、美星はもう笑顔に戻っていたのである。いつもの眩しいキラキラの笑顔だった。
「なんで……」
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