私を呼ぶ本

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◆ 混雑した車内で携帯電話を触っている人をよく見かけるが、ペースメーカーが入っている母を持つ私には殺人行為に見える。 車内で化粧をしている女性などは、見ているこちらの方が恥ずかしくなる。いずれも効率化が叫ばれる現代を象徴する行為なのだろう。 混んだ電車でぬるくじっとりとした吊皮を持つ。 電車が揺れるたび、紙相撲のような足取りで人が動き、後ろや横から押される。 乗っている時間が長いので、停車するごとに流れる人の波に逆らうよう、奥へ奥へ場所を変える。 車両の一番奥までたどり着き、誰も隣の車両から移動してこないだろうと、結合部の扉にもたれて一番端の吊皮を持った。 ふと見ると、正面に座っている女性が文庫本を読んでいる。 自分の手相を凝視するかのように、本に視線をぴったり這わせ、のめり込んでいるようだ。 私は、女性が読んでいる本が何であるのかが非常に気になり始めた。 ベージュの布製の可愛らしいブックカバーで表紙は見えない。ページの上にタイトルが書いてあるはずだと目を凝らすが、電車の揺れと女性が隠すように本を持つせいで盗み見ることが出来ない。 すると、女性は突然パタン、と本を閉じ顔を上げた。     
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