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私は無意識にそちらへ向かい、何気なく置かれた外国の文庫本を手に取った。
ずいぶん古い。だが翻訳しているのは知っている作家だった。
数秒その本とにらめっこしていると、私の記憶が一気に蘇った。
モノクロだった脳内が、一瞬にして鮮やかに色づくような感覚だった。
そうだ、この本は、大学時代に付き合っていた彼女に勧められて、読んだことがある。
本の背表紙を見る。書かれているあらすじを読む。間違いなかった。
サーカス団の元に生まれた、不幸ばかりに見舞われる女性の物語だ。
大学の後輩だった彼女が、「すごく良いから絶対読んで」と貸してくれたのだが、当時の私はあまりにも若く、人の不幸ばかりが綴られる教訓めいた台詞が多いこの本を、どうしても面白いと思えなかった。
正直につまらなかったと言えば、彼女とは別れずにすんだかもしれない。
私は流し読みしただけの、まったく面白いと感じなかったこの本を絶賛した。彼女に嫌われたくなかったのだ。
彼女はその嘘を易々と見破り、私を嘘つき呼ばわりした。彼女を傷つけてしまったのだ。それからすぐ、若かった恋は簡単に破局を迎えた。
すでに手に持っていた二冊に加えて、思い出のその本も買うことにし、計三冊の会計をレジで済ませる。
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