水平器

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 その音を聞きながら俺は車がやってくるのひたすら待った。最悪のコンディションだ。こんな大雪の日に、山奥の温泉街に車なんてくるわけがない。とんだ罰ゲーム。コンプラインアス、法令遵守と言う名の人権侵害。探せばもっと楽で、稼げる仕事があるのだろうか。作業用の防寒着ってやつはやけに温かいんだけど、人のこない道じゃぁ仕事の意味を感じない。  心が寒い。俺は空いた手をポケットに突っ込んだ。そこには働くためのお守りが入っていた。少しだけ気力が充実してくる。  それから数時間ほどして休憩時間がきた。俺は缶コーヒーを買うと駐車場に停まったライトバンのなかで暖をとった。真夜中の車のなかではすることなどほとんどない。工事が中止になったら、バイト代が下がるのだろうか。それだけは困るな。そんなことを考えならひらすら時間を潰した。やはりすることがなくなると、ポケットのなかのお守りで遊びたくなる。俺はお守りを車のルームランプに透かして見た。キーホルダーのなかの気泡が機械のなかで楽しげに揺れて見せる。  俺の隣で夜食の弁当を食べていたおっさんが珍しく話しかけてきた。 「それ水平器だろ。なんでそんなもん持ち歩いているんだよ?」 「これ彼女からのプレゼントなんですよ。俺の夢が叶うようにって」 「そんな機械で叶う夢なんてないだろ?」 「えぇでも俺の夢、ビリヤード場のオーナーになることなんですよね」  俺は指に小型の水平器を起き、ビリヤード台の高さを調整する真似をして見せた。おっさんは理解ができないと言った様子で首を捻ってみせた。それから小さく呟く。     
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