立ち往生

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 寒かったから、お茶を淹れてもらえるのはありがたい。ただ、俺の素性については、まだ一言たりとも触れられていない。このお婆さん、いったいどんな人なのだろうか。 「いいえ、あたしが飲みたいからですよ」  言葉の端々に気遣いが感じられる。それとも、俺が曲がった解釈をしているだけなのだろうか。  この大雪で寒い中、外を歩いてやって来る人がいたら、きっと寒かったに違いないと思うだろう。寒がっている相手を早々に部屋の中へ招き入れ、こたつに入ってもらい、淹れ立てのお茶を出す。もし俺がお婆さんだったら、ここまで気遣いができるとは思えない。 「ありがとうございます」  俺はお礼を述べてお茶を受け取った。お婆さんがお茶の道具を片づけるのを見届けると、舌を火傷しないよう、注意しながら飲み始める。  お婆さんは、満足そうな笑みを浮かべ、ふうふうとお茶を冷ましている。  こうしてゆっくりとお茶をいただくのは悪くない。だが、俺は今夜、ここで過ごす相談をしなければならない。ここまで親切にしてもらって、さらに甘えるのは申し訳ないが、この際だから、お金を払ってでもお願いしたいところだ。  だが、俺はなかなか言い出せなかった。無言のまま、ゆっくりとお茶だけが減っていく。  だんだん、居心地が悪くなってきたとき、お婆さんが一つ、咳払いをした。 「ところであんた、そろそろ名乗らないんですか?」  ようやく、俺のことを訊かれる。 「すみません。俺は進藤貴雄といいます。普段は工場で、雑貨のラインや箱詰め作業をしています」 「貴雄さんですね。あたしのことは、ミチヨ婆さんとでも呼んでくださいな」  ミチヨさんという名前なのか。俺はゆっくりとうなずいた。 「さて、貴雄さん。あんた、帰る足がないんじゃないですか?」 「……はい」  これはチャンスだ。ミチヨお婆さんは、俺がここに来た目的を言い出すきっかけをつくってくれている。  そう思うのに、俺は言葉を繋ぐことができなかった。 「ああ、ほら、素直におなりなさいな。これだけ大雪が降っていたら、こんな田舎じゃあ、動くに動けないでしょう」  頼らなければ生きていられない。そう思うのだけれど。  身体が少し温まっている。今、車に戻っても、少しの間なら暖房なしで過ごせるかもしれない。  ただ、夜中ずっとは無理だ。
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