立ち往生

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 数日一緒に過ごす間、お婆さんはずっと親切にしてくれた。食事に困ることもなく、俺は何度かお金を渡そうと試みたが、受け取ってはもらえなかった。  そういえば。俺はふと、妙なことに気づく。お婆さんの一人暮らし。足があるわけでもなく。いったいどこで、どうやって買い物をしているのだろうか。ここ数日、出かけた様子もない。  見た感じ、パソコンも見当たらないし、携帯が通じないのは、俺も確認した通りだ。 「あの、ミチヨお婆さん」 「どうしましたか?」  俺は思い切って声をかけた。 「お婆さんは、お買い物はどうしているんですか? まさか歩いて行かれるわけではないでしょう?」  すると、お婆さんの表情が変わった。厳しく咎めるような、しかし悲しそうな顔で、お婆さんは言った。 「気づかなければいいものを」  そして、視線を下へ向け、俺と目を合わせることなく告げた。 「あたしは雪の妖精。この雪を降らせたのはあたしさ。事実を知られた以上、あたしはここを去るしかない」  次の瞬間、俺は雪の中に立っていた。上着を着て、マフラーを巻いて。  雪こそ降っていないものの、気温は低い。  俺は急いで車を探した。  車は半分ほど雪に埋まった状態で、最初に雪をどけたマフラー周辺と、運転席のドアの前だけは、少し雪が少ない。  俺は再び、同じ場所の雪をどかしにかかる。下のほうは凍りついてしまっていたが、なんとかマフラーの先を雪の外に出し、ドアを開けることにも成功する。  エンジンをかけて車のエアコンを入れたが、俺は途方に暮れていた。数日間、命を繋いだが、再び車に閉じ込められた。ガソリンが切れるまでは、生きていることができるだろう。最悪、バッテリーが上がってしまうのは仕方ない。  だが、いつまで持つか、だ。雪が降っていないこと、朝であることが最初の状況と違うが、今度こそ、救いはないだろう。  38年。短い人生だった。こんな形で、一人寂しく幕を閉じなければならないとは思わなかった。  眠ってしまおう。そのほうがきっと、楽に死ぬことができる。  俺はエンジンをかけたまま、狭い運転席を最大限、後方へずらし、めいっぱい後ろに倒した。
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