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「…お待ち下さい旦那様!」
聞き覚えのない男の声が焦燥感を募らせたかと思うと、
「…煩い小林(こばやし)っ!
海里(かいり)どこだっ?どこにおるっ…!!」
壊れたバリトンのような怒声が、階下から響き渡った。
「…なぜあんなにお怒りになってるんでしょう。…まさか大先生とバッタリ鉢合わせされたのでしょうか?この娘のことは口止めしておりましたのに…」
「…さあな。だが今に始まったことじゃないよキヌ。あの人はいつだって機嫌が悪い」
青年はやれやれとばかりに肩を竦め、
事も無げに部屋の外へと向かう。
そして廊下にある重厚な手摺に凭れ、
「…父上ここです!上ですよ上っ!」
と子供のように大きく手を振り、
父親と目線がかち合ったのか、愉しげに笑った。
「…そこで待っておれ。…いや、なぜおまえがそこにいる!?」
怒りを集結したような音を立て、
今だ姿知らずの人物は階段を上がってきたようだ。
青年は1度チラリとこちらを振り返ったものの、父親と対峙するべく廊下の先を見据えた。
「…キヌさん…私はどうしたら…」
「…大変なことになったのは確かです…。
まずはあなた様のことを旦那様にどう説明すれば良いのやら…。いえ、説明など今はとても無理。とにかく隠れてください」
すっかり青ざめたキヌさんは、
部屋のどこかに隠れるよう私に指示した。
怒りの塊が到着する寸前、私はベッドの下に隠れ、扉は素早く閉じられる。
「…キヌもおったか。
二人してここで何をしている?」
少し口調は和らいだものの、
部屋の中にもその声は明確に響いた。
「…まぁ旦那様…お早いお帰りで」
業とらしくキヌさんが明るい声を出すも、
火に油を注いだようだ。
「何を呑気な。シズ江亡き後はおまえに海里を任せてきた。それがこの有り様とは」
「…申し訳ございません。…あのぉ…旦那様…やはり大先生が?」
「綾辺(あやべ)院長がどうした?」
「……えっ…いえその…なんでもございません。お元気…なのかなと」
「…何を訳のわからんことを。
…いや、そんなことはどうでも良い。
海里、私がなぜ会議を切り上げて帰ってきたかわかるか?
杉田(すぎた)次官がわざわざ報告してくれたからだよ。
おまえが大学に提出した書類についてな」
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