プロローグ

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微かな春雷にハタと顔を上げる。 湯船に浸かり眠ってしまうことは私には珍しい。 今日は友里亜(ゆりあ)の話が止まらず、 相槌を打つうち、門限を大幅に過ぎてしまった。 普通なら友と話すことはストレス発散だというが、私にとって友里亜との関係は決してそうではない。 彼女と会えば息苦しく、うわべだけで装う自分を幾度も見つけてしまうのだ。 高校入学時は、私と友里亜を含む、 席が近い女子同士で5人グループだった。 私は内気で人と話すこともままならない為、弁当に例えるならば添え物の漬け物。 食べても食べなくとも良い。 なら華やかな友里亜はメインの唐揚だが、 食べて吃驚(びっくり)。 それは煮ても焼いても食えない消しゴムの唐揚げだったという風だろうか。 人の話を途中で取り上げ、悪びれもせず全て自分の話にすり変えてしまう友里亜。 彼女が次第に疎まれ、陰口の対象となって いくのにそう時間はかからなかった。 ある日、私以外の3人が別グループと弁当を食べるという行動に出て、 私達のグループは終わった。 残った私は最初の頃、友里亜が隣にいてもいなくても同じだと思っていた。 なぜなら昔から人が苦手で、ずっと1人でいたからだ。 でも彼女は決して空気にはならない。 そう気づいてからは息苦しさだけがずっと続いた。 彼女と離れることが出来なかったのは、 運悪く2年も同じクラスになったからだ。 結局誰とも馴染めない彼女は、拒絶しない私の元にやって来る。 「…風子(ふうこ)、随分長いけど大丈夫?パパがデカフェいれたから、早く出てらっしゃい。 …門限のこと、もう怒ってないって」 浴室のドアを少し開け、母がそう言った。 帯のように香る珈琲の香ばしい匂い。 仲直りの時、いつも父はこうして珈琲をいれる。 「…うん、ごめん大丈夫。もう出るね」 浴槽から出るついでに手を伸ばし、換気の為少し窓を開ける。 弟の圭太(けいた)はすぐ忘れてしまうのだが、私は忘れない。 稲光におののきつつも、最後だからと浴槽の栓を抜く。 勢いよく湯が流れる様を見ているのが私は好きだ。 いっそのこと、無駄な人間関係もそうできたら良いのに。
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