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頭がどこまでも重い。
四肢は伸びきったバネのようで、
体は薄い皮膜で覆われたように
ねっとりと湿り気を帯びている。
やがて目を開けることへの恐怖が募る。
そう思えることはすなわち、
…生きている。
だがまだそうとは言い切れない。
語尾には疑問符を付けなければならない程度の感覚だった。
「…もう少しすれば目覚めるだろう。
全裸でいたようだが、
悪戯をされている様子もないし、
大した怪我もしていない。
目が覚めたら精のつくものを食べさせてやると良い」
「…はい、わかりました。
大(おお)先生、お忙しいところをわざわざお越しいただきまして」
どうやら母がかかりつけの医師、
小川先生を呼んだようだ。
寝ている私の横で、会話はまた織り成される。
暫くしてその違和感に気づいた。
小川先生に似通う声はそうではなく、
答えているのも母のそれではないことを。
それに母ならすぐ救急車を呼ぶ。
「…じゃあ我々はこれで失礼するとしよう」
「…あ、大先生、くれぐれもこの事旦那様には」
「わかっているよ。四門(よかど)様は国の所用でお留守のようだし。
…にしてもキヌさんあれだね、この子は運が良い。同じ行き倒れるにしてもこの邸宅の中でとは」
「…はぁ。門は閉めていましたのに、不思議なことです。しかも全裸ときたら訳がわかりません。それに坊っちゃまにも困ったものです。敷地内とはいえ、そこいらの犬コロを拾うのとは訳が違うのですから」
「はは。いや、笑うとは失礼した。
だが私はあの方の頓狂(とんきょう)さが魅力だと思ってね。…そう言えばこの娘を運んで来られたご子息はどこへ?」
「それが私に託されたままどこかへ…」
「まぁこの広い邸宅では探しようもないでしょうな。あの御子息のことだ。
またその内ひょっこりお姿を見せられるでしょう」
再び医師が笑い声をたて、数人の足音と共に去っていく。
これは是が非でも瞼をこじ開けなければならない緊急事態だ。
人の気配が消え去ることを確認し、
私は押し上げるよう、その重い瞼を開けた。
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