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最初この目に映ったものは、
白天井から私に向かい、真っ直ぐ伸び
る幾つもの黄色い球体。
それらは宇宙惑星のような螺旋を描き、
照明というより美術品に近い役目を果たしている。
やがて視界が鮮明になると、
その天井にも、数種の見事な細工が施されていることを見つける。
百合や薔薇、そして鈴蘭等が愛らしい様子で彫刻され、私をひっそり見下ろしていた。
…ここは一体…。
体にはまだ力が入らず、起き上がろうにも起き上がれない。
目だけを駆使し、
それ以外の情報を把握しようとすると、
忙(せわ)しい足音が響いた。
「…あら!あらあら!」
駆け寄ったその声は、
先に聞いたあのキヌという人間のものだ。
ギョッとして目を見張ると、パンのように膨らんだ体の中年女性が、食い入るように私を見つめていた。
その身を閉じ込めるように着ているメイド服は、秋葉原等で見かける類いのものとは違い、裁縫の行き届いたもの。
何かの余興かと笑い飛ばすにはあまりにもリアルだった。
「…気づいたんですね!
どうしたことか、見ず知らずの貴方様が、
ここのお屋敷の庭で倒れられてたんですよ。
話せます?もう動けるのかしら?」
矢継ぎ早に質問され答える隙もない。
癒着しているような唇を離すと、
…水を…
とだけ告げることが出来た。
「…まぁ水!それならここにございます」
何やらゴトゴトと音がして、視界にキヌとガラスのピッチャーが現れる。
そして肉厚な手で半ば強引に体を起こされかと思うと、
目の前に水の入ったコップが差し出された。
「…あり…がとうございます…ここは‥」
そうして視界の開けた私は、飼われたばかりの猫のごとく、落ち着かない目線を巡らせた。
「…ここは華族であられる、
四門(よかど)一族様のお屋敷です。
四つの門と書いて四門、でございます。
洋館と和館がそれぞれ別棟になっておりまして、あなた様は今、洋館の2階にある婦人室の一室におられて、
ベッド、と呼ばれる洋物の布団の上におられます」
「…はぁ…」
得意気に説明するキヌさんの声が、
高い天井に響いては木霊する。
私は既に、スンと鼻腔をくすぐる匂いが、
私の住む時代のものでは無い恐怖を感じていた。
キヌさんの口ぶり、華族という言葉から、教科書で見ただけの、明治大正昭和初期、どれ?という文字ばかりが浮かんでは消える。
それに匂いや感触を感じるならば、夢の確率も減って行く。
だとすれば、映画で見ただけのタイムスリップというものに巻き込まれたとでもいうのだろうか‥。
だが今は、まさか!と笑い飛ばせるだけの条件は全く揃わない。
いずれにせよ、頭の中を整理するにはまず、このキヌさんから解放され、1人になることが先決な気がした。
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