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その青年は私にとって、見たこともない人だった。
見たこともない人というのは私の中で、
会ったこともない人という意味合いではない。
主に外見だけのことを差すが、
殊更条件多く特注された陶器のごとくということだ。
よく目に触れるものではなく、
特別な人間だけの為の。
私は決して美男子好きではない。
どちらかというと、芋に眼鏡を載せたような父親の顔の方が好みだ。
けれどその青年の美しさは例外で、
思わず箱に隠してしまいたくなるような、
そんな不思議な魅力を持っていた。
主のどんな動きにも合わせ、滑らかに従う執事のごとく漆黒の髪。
愛らしさと聡明さを兼ね備えた贅沢な瞳は、独占欲さえかきたてる。
薔薇色の唇は程よい大きさの下に、
歯並びの良さを想像させ、全てのパーツの中心となる鼻筋は、美術室の石膏像を思い出させた。
「…改めて、入っても?」
扉横に立つ青年に訊かれ、思わず頷く。
この人が私を助けてくれたんだという直感。
断る理由は見当たらない。
だがふと言葉の奇妙さに気づく。
私はまだ着替え中だ。
普通の男性なら、
扉の外でそれを待つのではないだろうか。
「…あ…いえやっぱり」
そう言い放つももう遅かった。
青年は後ろ手にドアを閉め、私の元へと歩み寄る。
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