第1章

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「…待ってください…その…浴衣をちゃんと着てからっ…」 青年の目からは笑みが消え、 真一文字に結ばれた唇は心が読めない。 目映いばかりの白いカッターシャツ。 その裾が翻(ひるがえ)ったかと思うと、 目にも止まらぬ早さで私の手首を掴んだ。 「……やっ…」 特注の陶器だなどと讃えた我が身を恨むほど、青年の力は異様に強い。 両手首を拘束されたまま、ドンッと壁に押しやられかと思えば、 次は豪快なワルツを踊るようなふりで、ベッドへと一気に薙ぎ倒された。 「…くっ…離して…」 もがけばもがくほど青年の指は手首に食い込む。 着ていた浴衣は、私を組敷く青年の膝元でただの布切れと化していた。 それを奪い返そうと足指で探ると、頭上から嘲りの声が聞こえた。 「…人様の敷地に裸で侵入しておいて、 今更抵抗するとは理解に苦しむ。俺が拾ってやったんだ。こうされて当然だと思うんだな。 暇潰しに抱いてやる」 青年は更に体重をかけ、私の自由を完全に奪うと、露になった首筋に唇を近づけた。 恐怖が喉に張り付き、声すら思うように出ない。 もう終わりだと目を堅く閉じたその時、 なぜか青年の動きがピタリと止まった。 「…海里(かいり)坊っちゃま?」 …キヌさんだ…。 そう気づいた途端、私はありったけの力で青年の下から這い出した。 扉の前で固まってしまったかのようなキヌさん。 私は一目散に駆け出すと、 その体にしがみつく。 「…な…んてこと…。 坊っちゃま…これは一体…」 キヌさんは動揺しながらも、 食事と一緒に用意してくれていた新しい浴衣で私をくるんだ。 「…見ての通りだ。まさかこの女もただで世話になるつもりもなかったさ」 少しも悪びれる様子はない。 青年はそう言い放つと、不敵な笑みすら浮かべている。 「…なんてことを仰るんですかっ! こんなことが旦那様に知れたら…」 キヌさんがそう嘆いた時だ。 階下が何やら騒がしくなり、キヌさんの顔から色が消えた。 「…まさか旦那様がお帰りに!? お帰りは夕刻になると」 「…別に慌てることはないさキヌ。 華族出身の海軍大臣なんてお飾りに過ぎない。たいした会議でもなかったんだろ」 「…そんな…」 慌てふためくキヌさんとは真逆に、 青年はゆったりとした動作でベッドから起き上がった。
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