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「…待ってください…その…浴衣をちゃんと着てからっ…」
青年の目からは笑みが消え、
真一文字に結ばれた唇は心が読めない。
目映いばかりの白いカッターシャツ。
その裾が翻(ひるがえ)ったかと思うと、
目にも止まらぬ早さで私の手首を掴んだ。
「……やっ…」
特注の陶器だなどと讃えた我が身を恨むほど、青年の力は異様に強い。
両手首を拘束されたまま、ドンッと壁に押しやられかと思えば、
次は豪快なワルツを踊るようなふりで、ベッドへと一気に薙ぎ倒された。
「…くっ…離して…」
もがけばもがくほど青年の指は手首に食い込む。
着ていた浴衣は、私を組敷く青年の膝元でただの布切れと化していた。
それを奪い返そうと足指で探ると、頭上から嘲りの声が聞こえた。
「…人様の敷地に裸で侵入しておいて、
今更抵抗するとは理解に苦しむ。俺が拾ってやったんだ。こうされて当然だと思うんだな。
暇潰しに抱いてやる」
青年は更に体重をかけ、私の自由を完全に奪うと、露になった首筋に唇を近づけた。
恐怖が喉に張り付き、声すら思うように出ない。
もう終わりだと目を堅く閉じたその時、
なぜか青年の動きがピタリと止まった。
「…海里(かいり)坊っちゃま?」
…キヌさんだ…。
そう気づいた途端、私はありったけの力で青年の下から這い出した。
扉の前で固まってしまったかのようなキヌさん。
私は一目散に駆け出すと、
その体にしがみつく。
「…な…んてこと…。
坊っちゃま…これは一体…」
キヌさんは動揺しながらも、
食事と一緒に用意してくれていた新しい浴衣で私をくるんだ。
「…見ての通りだ。まさかこの女もただで世話になるつもりもなかったさ」
少しも悪びれる様子はない。
青年はそう言い放つと、不敵な笑みすら浮かべている。
「…なんてことを仰るんですかっ!
こんなことが旦那様に知れたら…」
キヌさんがそう嘆いた時だ。
階下が何やら騒がしくなり、キヌさんの顔から色が消えた。
「…まさか旦那様がお帰りに!?
お帰りは夕刻になると」
「…別に慌てることはないさキヌ。
華族出身の海軍大臣なんてお飾りに過ぎない。たいした会議でもなかったんだろ」
「…そんな…」
慌てふためくキヌさんとは真逆に、
青年はゆったりとした動作でベッドから起き上がった。
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