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Prologo
マルガリータは息を深く吸い込んだ。
胸に手を当て、早鐘を打つ心臓に、大丈夫よ、と言い聞かせる。
被った黒い厚手のヴェールを、意味もなく何度も直す。
その仕草が、恐怖を紛らわそうとしている仕草だと気付き、最後にきちんと直した後でやめる。
十七歳になったばかりだった。
頭部と肩をすっぽりと覆った黒いヴェールは、やっと見習いのものから変わったばかりだ。
小柄な体を包む黒いケープは、身長に比べると、やや丈が長めに見える。
胸元で揺れているロザリオは、鎖にピンクの飾り玉の付いた、いかにも若い少女の持ち物というデザインだった。
大丈夫よ。神が付いている。
左手で黒いケープの裾を、右手でロザリオを握りしめる。
辺りは昼間なのに暗く、鬱蒼と木々が生い茂っていた。
城壁のすぐそばとはいえ、中心地とは別の世界のようにジメジメとしている。
ざわざわと風が木々を揺らす。揺らされた木々の背後からは、墓地によく植えられている糸杉が見下ろしていた。
漂う湿った葉の匂いに混じって、血や死体の匂いがするような気がしてくる。
マルガリータは、更にロザリオを握りしめた。
恐怖にグラグラと揺れた心を戒める。
大丈夫。
マルガリータは、キッと目の前を見据えた。
豪奢な屋敷があった。
年数を経てはいたが、相当の財産の持ち主が建てたものと見受けられる。
ここに、いつの頃からか怪物が住み着いていた。
巨大な虎のようだとも、恐ろしく早く飛ぶ隼のようだともいわれ、五十年ほど前には、良家の姫君が捕らえられ喰われたこともあると噂されている。
死者を蘇らせ、使役して兵隊として使うとも、漆黒の山羊として現れ、普通の娘を誑かすとも聞いている。
まさに悪魔。
修道女として生きようと決意したときから、この怪物を退治し、神に貢献することがマルガリータの目標になっていた。
絶対に許せない。
こんな悪魔が、善良な人々のすぐそばで蠢いているなんて。
私が退治する。
マルガリータのこの決意を、尊敬する神父も応援してくれた。
君にしか出来ないと励ましてくれた。
その言葉に力を受け、マルガリータは、今日やって来た。
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