i v capretto

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i v capretto

 昼前から、雨が降ったり止んだりしていた。  教会の敷地内に植えられた木々の葉を、弱い雨がパラパラと叩く。   先ほどまでは少し晴れ間も覗いていたのだが、もう雨雲が太陽を覆ったようだ。  狭い告解室の、小さな明かり取りの窓から聞こえる雨音に、ミケーレ・ディ・ジョヴァンニは耳を澄ましていた。  止んだと思っては、また不意に叩く音が再開される。  そのたびに何となく、船から運ばれる商売の品が、濡れていることはないだろうかと考えた。  マルガリータの一番上の兄だった。  明るい栗色の髪と、年齢よりも幼く見える丸顔とが、妹とよく似ていた。  数年前から、父の商売の大部分を引き継いでいたが、下手すれば十代のようにも見える童顔は、商売をやる上では侮られやすく、少々コンプレックスではあった。  髭でも生やしてみようかな、と自分の顎を撫でる。  外套に残っていた水滴に気付き、叩いて払った。  この季節にしては、今日は少々肌寒い。  船の上は、もっと冷えた風に吹かれているのだろうな、と想像した。  壁の向こう側にある神父側の席から、衣擦れの音と、ガタガタと備品を動かすような音が聞こえた。 「ああ、待たせましたね、すみません」  嗄れた老人の声がした。  パオロ神父だった。 「いえ」  ミケーレがそう返事をすると同時に、こちら側と神父の席を隔てる小さな窓が開いた。 「しかし、あの、父との話合は、いつもここで?」  ミケーレは窓のそちら側を見た。 「ええまあ、重要な話だけですがね」  パオロ神父は、いかにも穏やかで誠実な老人といった口調で言った。  だが、重要な話を、告解に見せかけてするとは、何か怪しげな感じだ。  以前から、家の商売に何かと便宜を図ってくれる、家にとってはありがたい存在の神父ではあった。  人望もある人だ。  貿易の積み荷の中には、この神父の買い付けた物も相当にあった。  重要な顧客のひとりでもある。  だがミケーレは、この神父が、見かけ通りの聖人であるのかどうかに、前々から疑問を持っていた。  根拠はない。直感的なものではあるのだが。 「医者の家のお生まれだと聞きました」 「ええ、代々ね」  パオロ神父は、小窓のすぐ前で手を組んだ。 「ご自身は? 医学の勉強は」  
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