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「城壁の傍に棲む怪物について聞かれていました」
「怪物?」
ミケーレはポカンと口を開けた。
「お伽噺じゃないですか。何でそんな話を」
「妹さんは信じていらっしゃるようでしたよ」
ミケーレは天井を仰いだ。
「子供でもあるまいし……」
「私が知っている話をお教えして差し上げましたけどね」
パオロ神父は言った。
「そんな話に合わせなくていいですよ。お伽噺だとはっきり言ってやってください」
「私の若い頃に、貴族の姫君が怪物に連れ去られて、食われてしまったという噂が実際にありましてね」
「噂でしょう?」
ミケーレは両手を組んだ。
「その後行方を眩ましたのは、どうも確かなようですが」
パオロ神父は神妙な口調で言った。
「政略結婚を嫌がって、どなたかと駆け落ちしてしまったとか」
ミケーレは苦笑した。咄嗟に考えたとはいえ、自分でも陳腐な話だと思った。
パオロ神父は、やや上目遣いでミケーレを見た。
目付きの意外な鋭さに、ミケーレは微かに不審を感じた。
「私の立場では、その手の話をあまりきっぱりと否定する訳にもいかないんですが」
パオロ神父は言った。
「ああ、そういうものですか」
「妹さんは、怪物を退治してやると張り切って城壁傍に出掛けたようでしたが」
「何をやっているんだか」
ミケーレは苦笑した。
「そこで何者かと関わったのは、確かなようです」
パオロ神父は、ゆっくりと手を組んだ。
ミケーレは不審に感じて眉を寄せた。
「どんな? 城壁の近くにたむろしている、ならず者か何かですか?」
「さあねえ。私も分かりかねますが」
パオロ神父は言った。
「本物の怪物にしろ、ならず者にしろ、少々まずくはないですかね。修道女が妙な者と関わって、単身で何度か訪ねているらしいなど」
パオロ神父は手を組み直し、ゆっくりと続けた。
「どちらにしろ、話の流布の仕方によっては、簡単におかしな疑いをかけられそうな」
ミケーレは無言でパオロ神父の手元を見た。
積み荷のことについて、確認したいことがあったのだが、言いづらい雰囲気になってしまった。
妹を、人質に取られていると考えるのは、考え過ぎだろうか。
積み荷のことについて探れば、妹の立場を悪くされるというような。
明かり取りの窓から漏れ聞こえる雨音が、少々強くなり始めた。
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