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廊下から、何人もの修道女の悲鳴が聞こえていた。
まるで廊下の所々に、音の出る仕掛けでもあるかのように、廊下の向こう側から順番に女性の高い声が上がった。
自室で休憩していたマルガリータは、書庫から借りてきた書物を閉じると、顔を上げた。
必要最低限のものだけを置いた、殺風景な部屋だった。
女子修道院とはいえ、他の修道女の私室にはもう少し女性らしい小物が置いてあるのだが、そういうものは堕落だと徹底して避けていた。
悲鳴が随分続いている気がした。
始めは気にしていなかったが、だんだんと気になり出してきた。
「あの」
ドアを開け、廊下に顔を出した。
何人かの修道女が、箒を手に辺りを見回している。
「ソレッラ・マルガリータ」
ひとりの修道女が、マルガリータに気付き呼び掛けた。
箒を構え、辺りを警戒しながらこちらに近付く。
「山羊を見ませんでした?」
「山羊、ですか」
何か頓珍漢なことを聞かれた気分になった。
こんな街中で、山羊?
「ええ、それも、黒い雄山羊ですわ」
「え……」
嫌な気分にはなった。
ただの毛色の黒い山羊であろうとは思ったが。
「まるで……悪魔のようですわね」
マルガリータは言った。
「悪魔そのものでしたわ」
修道女のひとりが言った。
「わたくしが始めに見たときには、天井まで届く巨大な姿で、人間のように座っていましたわ」
修道女たちが、それぞれに、ひいい、あわわ、という声を上げた。
そんなまさか、とマルガリータは思ったが、見間違いでなければ、明らかな心当たりがあった。
あのふたりに、もう一人兄弟がいるとか。
ありそう、とマルガリータは勝手に思った。
不意にマルガリータのケープに何かが触れた。
足元を軽く押し退けられた気がした。
僅かにバランスを崩して、ドアの縦枠に手をつく。
背後から軽めの足音が聞こえた気がして、振り向いた。
五、六歳ほどの金髪の少年が、マルガリータのベッドに両手を付いて、短い足で上がろうとしていた。
「え」
突然のことにマルガリータは表情を固まらせたが、悪戯で紛れ込んだ近所の子供だろうと思った。
咎められては可哀想なので、他の修道女たちが気付かないうちに、さりげなくドアを閉めた。
「ええと……ど、どこの子?」
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