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「では、まことなのですね」
静かに問い掛けるその人の瞳は、怒りではなく悲しみに満ちていた。
土毛色の顔に冷笑すら浮かべ、川島皇子は頷いた。
「はい、讚良さま、まこと大津は謀反を企てておりまする」
天武皇后?野讚良皇女は感情を抑えるように瞼を閉じ、しばらく黙考していた。
そして為政者は決断する。
「わかりました。大津は謀反の疑いありとして蟄居を命じましょう。川島。あなたは内情を知る者として謹慎を命じます」
最後の言葉に、川島の土毛色の顔が強張った。
「私も謹慎を?」
「親しい大津の企てた謀反を密告した。何も、感じないのですか?」
讃良の静かな問い掛けに、冷や汗が吹き出した。
動揺する皇子に呼応するかのように、闇が体内でうごめいている。
「気分が悪そうですね、川島。自邸に戻り休みなさい」
「はい、そうさせて頂きます」
川島はそう言ってふらふらよろめきながら宮をあとにした。
自邸までの帰り道、川島は突然発作を起こしたかのように倒れこんだ。
その体から黒い煙が吹き出し、ゆらゆらと天へと昇っていった。
密告者が退いたあと、讃良の胸に去来したものは……。
甥であり、義理の息子である大津への愛惜。
彼は慈しみ育ててきた、大切な姉の忘れ形見であった。
実子の皇子と分け隔てなく育ててきたつもりだった。
しかし、やはり実母でないということは難しいのか。
彼の父である天武が崩御してひと月。
後ろ盾をすべてなくした大津が選んだものは、謀反だった。
「大海人さま」
讃良はいつもそうするように、天武を皇子名で呼んだ。
「あなたの大切な息子を、この私が死に追いやるとは……」
天命とはかくも厳しいものなのですか……?
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