2 上機嫌な客

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「――こんばんは。まだ開いてますか?」 閉店間際、ひとりの男性客が来店した。 「いらっしゃいませ。はい、大丈夫ですよ」 「贈り物を選びたいんです」 アンティーク調のドアチャイムの優しい鈴の音と同じ、落ち着いた声色の持ち主。 柔らかそうな髪は少し毛先が跳ねていて、にこにこと人好きのする笑顔が、興味深そうに店内を見回してから、こちらに向けられてきた。 「あれ? 宮城先生、おられないんですか?」 「え?」 「宮城(けい)先生ですよ。小説家の。 こちらのお店に来てるでしょう?」 誰だろう、この人。 初めて会う人だ。 「あの、失礼ですが、どなたですか? いっちゃん……宮城壱琉のお知り合いの方でしょうか」 尋ねてから、はっと気づいた。 もしかしたら出版社の方かもしれない。 いっちゃんのことを『先生』って呼んでるし。 うわわっ。もしそうなら、失礼な尋ね方をしちゃったんじゃないかな。 どうしよう。チカのせいでいっちゃんに恥をかかせ……。 「はぁーいっ! よくぞ尋ねてくれたね。 僕は、伊織(いおり)(まこと)。 31歳。職業は医師でーすっ」 一瞬のうちに高速で考えを巡らせてサァッと青ざめてしまったけれど、相手の答えは意外性抜群のものだった。 しかも、それまでは、いかにも大人の男らしい落ち着いた声色で話していたのに。 いきなり敬語を崩して、きゃぴきゃぴ調でウキウキと自己紹介を始めたから、すごくびっくりした。 てゆうか『職業は医師』って言う時、バチって音がしそうなくらい見事なウインクかまされちゃって、さらにびっくり。
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