2 上機嫌な客

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「えーと、伊織、さん? あの、ドクター……お医者様でいらっしゃるんですか?」 ますます分からない。 意外性抜群の自己紹介を聞いて、この客の謎が、さらに深まった。 壱琉のペンネームを口にして、最近開店したばかりのこの店に名指しで訪ねてきてるからには、知り合いなんだろうとは思う。 でも、このお医者様といっちゃん。どんなお知り合いなんだろ。 「うん、そうそう。僕、お医者さんだよぉ。 あ、それから僕のことはお気軽に『いおりん♪』って呼んでね」 「そうなんですね。あの、いっちゃんは今、近くのコンビニに煙草買いに行ってて、そこで一服してから戻ってくるんです。 ですので、お急ぎでなければ、そちらでお待ちください」 初対面の相手に、お気軽に『いおりん♪』なんて絶対呼べないけれど。この人は、壱琉を訪ねてきたお客様だ。 「急ぎじゃないよー。大丈夫」という返事を得たことで、イートインコーナーの椅子をすすめて腰掛けてもらい、急いでコーヒーの準備を始めた。 店内は禁煙だ。だから、ヘビースモーカーの壱琉は煙草を吸いたくなったらいつもコンビニへと出かける。 そして、きっと一服どころでは済まない。 『帰る時は一緒だ』と言ってくれたけど、自分が明日の仕込みを終える時間を見計らって、ゆっくり煙草を吸ってくるに違いない。 だから、その間、自分がおもてなししなくては。 大事ないっちゃんのお客様だもん。 チカがちゃんとおもてなしして、帰りをお待ちいただかないとっ。
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