1 番犬は、不機嫌

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しかし、結局―― 思いっきり怒鳴りつけてみたものの、この人にとことん甘い自分のほうが折れて、向かいの喫茶店に頼んで卵サンドを出前してもらい、一緒に食べているところだ。 「で? その本、次の新作用の資料なの?」 テーブルに積まれた数冊の本。 サンドイッチを食べてる最中の壱琉の前にある、さっきから気になっていたそれについて尋ねてみた。 開店までにはまだ余裕があるから、少しだけでも壱琉とのお喋りタイムを満喫したい。 壱琉は、普段はこの上ないほどの無愛想。 さらに、人を人とも思わない不遜な態度で繰り出す毒舌とで、本来なら作らなくてもいいはずの敵を作りやすいタイプだ。 そんな彼の職業は、小説家。 しかも、著書のジャンルはラノベファンタジーだったりする。 時空を越えた転生恋愛ものやら、魔法世界のドタバタラブコメ。 腐女子な美貌の王女が滅亡した王国を再建する王道逆ハーものやらを、ぶすっとした人を寄せつけない無表情でドンドコ書いちゃって、それが出版のたびに増刷。 つまり、結構売れちゃってる。 いわゆる、人気作家というヤツだ。 ペンネームは、宮城(けい)。 本名の宮城壱琉(みやぎ いちる)の『壱』からかけ離れた数字の単位なら何でもいいという、ごくごく安直な理由でテキトーにつけられたペンネームである。 「えーと、『ギリシャ神話集』に『幻獣辞典』、それからヘシオドスの『神統記』? ギリシャ神話に出てくる幻獣? いっちゃん、何を調べてんの?」 「ケルベロスだ」 「ケルベロス? へぇ、面白そう! ちょっと読んでもいい?」 が、ペンネームはテキトーでも、こと創作に関してはいっさいの妥協を許さない。 手間暇を惜しまず、周到な準備がモットーの壱琉である。 それを知っているから、彼が次回作のために集めた資料の内容はとても気になる。
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