1 番犬は、不機嫌

7/7

145人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
「えーと? 『ケルベロスは冥府の入り口を守護する、番犬である。 冥界から逃げ出そうとする死者、冥界へ侵入する生者を捕らえ、貪り食う怪物として伝えられる』 ふんふん、なるほどー。 貪り食っちゃうんだー。それで? 『〈三つの頭を持つ犬〉と呼ばれ、その姿は、竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な犬。 三つの頭が交代で眠るが、音楽を聴くと全ての頭が眠ってしまう』 へぇー、三つが交代で寝るなんて器用なんだねぇ。それから? 『竪琴の名手であるオルフェウスが、蛇に咬まれて死んだ妻エウリュディケを追って冥界まで行った時、ケルベロスはオルフェウスの竪琴の美しい音色に酔い、眠らされている』 あっ! チカ、この話、知ってるー。これ、ギリシャ神話だよね。 これ読んだ小学生のチカ、せつない結末に泣いたよ。 ん? まだ解説あるの? えーとぉ……。 『黒い双頭の犬の怪物、オルトロスとは兄弟である』 ふーん、三つの首の犬と、二つの首を持つ犬が兄弟なんだね。どっちがお兄ちゃんなんだろ? 『また、ケルベロスは甘いものに目がなく、蜂蜜と芥子(けし)の粉を練って焼いた菓子を与えれば、それを食べている間に目の前を難なく通過することが出来る』 わぁお! スイーツ好きの怪物なんだ! 可愛いーっ! いっちゃんみたーい!」 「あ? ふざけんな。 俺は、甘いモンがこの世で一番嫌いだ。つか、怪物に例えんな」 「ちぇっ、いっちゃんのケチ。ここは流れに乗ってくれるトコでしょ? ほんと、ノリが悪いなぁ。 ま、いっか。ところで、サンドイッチ美味しかった?」 「味? 別に普通。お前が作ったわけじゃねぇし」 「……っ」 食後のコーヒーを口にしながら無表情で淡々と言われた感想に、思いがけず顔が火照った。 チカが作ったサンドイッチなら旨いのに、と言われたも同然だからだ。 スイーツが苦手なのに店に来てくれることと合わせて、嬉しい赤面が止まらない。 もうもう! いっちゃんってば、こういうトコがずるいんだから。 こういうことをサラッと天然で言ってのけたりするから、チカの『大好き』が止まらなくなっちゃうんだよ。 もう、ほんと、ずるいっ!
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

145人が本棚に入れています
本棚に追加