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「空いてる」
冬館の引き戸は全て開け放されていた。
人の足音がして、兄弟は冬館に繋がる階段の下の棚に隠れた。
階段を登っていったのは政太であった。到底一人では食べきることのできない量の上等な肉や魚をお盆に載せて。
「あの、足跡は、御客様なの…?」
背後からまた足音が近づいてきたので、兄弟は押し黙った。足音は僅かに歩調を緩めたが、階段を登っていった。その後ろ姿は幸穂であった。赤い盃に並々と酒を入れていた。
しばらくすると政太と幸穂は揃って階段を降りてきた。二人共無言である。
「行ってしまったね」
「行ってしまったね」
兄弟はそのまま、御客様が現れるのを待った。寒さなど少しも気にせず。
それはしんしんと降り積もる雪の中、現れた。雪に紛れる白い毛をした、大きな大きな犬。瞳だけが真っ黒だ。
兄弟は立ち尽くした。それは深山亭の裏に聳える美しい山の、化身。子どもながらに御山様であることを悟った。
御山様は兄弟に気づき、愛おしそうに鼻をすり寄せた。御山様は暖かく、兄弟は体が冷えていることを知った。御山様は気が済むと階段を登って行った。
兄弟はどれほど立ち尽くしたままでいただろうか。背後からぽん、と肩を叩かれたことに驚いた。背後には幸穂と政太がいた。しー、と幸穂は言い、二人に半纏を羽織らせた。政太は階段を登って冬館の引き戸を閉めた。
そのあたりで二人の記憶は途切れた。
気がつけば二人は布団にいた。
「穂高兄」
「穂積」
二人は顔を見合わせて確認した。夢ではないことを。
「起きた?」
幸穂が顔を覗かせた。
「幸穂兄!」
「昨日負ぶわれて布団まで行ったの覚えてる?」
兄弟はぶんぶんと首を振った。そっか、と幸穂は微笑んだ。ねえ、あれはと口を開きかけた兄弟を止めて、幸穂は静かに語った。
「御山様は雪と共にやってくるんだ。お祀りするのは深山の御役目」
御山様から深山の名はきていること、祀る家の者の名は雪を連れてくる代わりに御山様が実り豊かになるようにと穂の字を与えたこと。兄弟も深山の血が流れてること。幸穂は微笑みながら兄弟に教えた。
「何も難しく考えなくていいんだ」
すぃっと兄弟の頭を撫でて幸穂は笑った。
「御山様がお泊りに来てるだけだよ。ここは宿屋だからね」
兄弟はこっくり頷いた。
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