第三章  【赤猫】VS・お吟ちゃん・

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  「ウッせぇなぁ、俺は【赤猫】の倅よぉ。町方の縄目なんぞ、金輪際受けやしねぇぜ」  大声で叫びかえすと、大川に面した屋根の上に立つ。  お艶の姿を見咎めて、渋面を作った。  「お艶ねぇさん、今生の別れだぜ」、呟いて遠く川面を見た。  「権左ぁ~」、悲鳴に近い細い声が、お艶の唇から漏れた。  助ける術も無く、ただ見つめるお艶に向かってサッサと立ち去れと手を振ると、権左は匕首を首筋にあてた。  血しぶきをあげて頽れる権左を、炎が飲み込み、直ぐに大屋根から火柱が上がった。  「あぁぁ、権左ぁ」、苦悶が漏れる。  しかし獲り方に捕まりたく無ければ、泣いている余裕などない。  流れのままに二つの猪牙船は、闇の中に消えて行ったのだった。  大川を河口に向かって下ると、葦の生い茂る岸辺の闇に分け入った。  葦わらの先にある小屋を目指して、船を捨てて手下とともに走った。小屋には、もしもの時の金が隠してある。其れを懐にして、夜の闇をぬって裏街道を抜ける気だった。  鷲頭屋は千石船の上で、権左が最後に打ち上げたのろしの花火を見た。  「失敗したか」  次に来るのは、御船手奉行の改めであろうと、見当がつく。  こんな嵐の夜に、沖に停泊させている千石船など、他には一層も居ないのだから。  「隠密に尻尾を掴まれている」、と見たほうが正しいだろう。  「ここは身を隠すしかあるまいよ」  今度の企みは、一世一代の大きな賭けだった。(しくじった)となれば、権左も銀次も生きてはいないだろう。捕まれば極刑が待っているのだ。  「お艶、どうか生き延びておくれ」  呟くと、伝馬船を降ろして千石船を捨て、手下とともに暗い闇の中を、嵐の海に漕ぎだした。  残された鷲頭屋の千石船から、火柱が上がり、爆音が轟く。  証拠を始末したのである。  振り返って、苦いものが胸に溢れた。  「この敵は、きっと討ってやる」、烈しい言葉が口をついて出る。  手下とともに、一斉に櫓を漕ぎだした。  激しい風と波に翻弄される伝馬船が、木の葉のように揺れて、次に襲ってきた大波に飲まれたのはその直後であった。
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