第一章  お江戸は今日も大騒ぎ

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 八丁堀の組屋敷は、二世帯同居などは無理な大きさだ。  跡取りが嫁を迎えれば、隠居屋敷を用意して出るのが普通だった。当然、お吟にも居場所は無い。  臼井健四郎が持って来た兄の縁談相手は、筆頭同心の加納左内の娘で、お吟とは小さい頃からライバル関係にある二歳年上の静江。  静江とお吟は、仲が良くない。  理由は簡単!  静江が大柄の十人並みの容姿なのに比べ、大奥に上がる前のお吟は小柄で可愛い顔立ち。小町娘と評判の美少女だったからに他ならない。  八丁堀の組屋敷では、同心の子弟たちに結構に人気者があったお吟である。大奥に招へいされたのは、その容姿の所為でもあった。  もっとも今では背も伸びて、静江と大差ない身長を獲得していたのだが。  かつて一緒に通っていた手習い所では、虐めグループのリーダーだった静江。其れに対抗して、虐めを阻止して闘っていたのがお吟だった。成績がダントツ良くて気も強く、喧嘩にもめっぽう強い江戸っ子気質だ。  権だかい静江グループのいじめが、許せなかったのである。  それ以来の、犬猿の仲。  「筆頭同心殿の娘ごとあっては、断ることは出来ぬなぁ」  父と母はその夜、寝所で呟き合った。  「致し方ないのぉ。岡っ引きの伊三がやっておる飯屋に暫らくの間、お吟を預かってもらうかのぉ。その間に急いで隠居屋敷を探してみよう」  大抵の同心は隠居すると、出入りの商家の寮を間借りする。  与左衛門も圭吾に家督を譲った時から、その心づもりは出来ていた。  年頃に為った圭吾も、お吟を大奥の奉公に出しておいて嫁を貰う算段だったのだ。吉宗さまの大奥リストラ作戦は、寝耳に水の大番狂わせ。  予定に無い、お吟の帰参だった。  与左衛門はお吟を連れて、組屋敷を出ると決めた。  それにお吟を手元に引き取るにしても、住まいを早急に探さねばならない。与左衛門も左文字組か、懇意にしている太物問屋の伊勢屋を頼る積もりだった。
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