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3・
如何やら、目撃者もいるらしい。
「親分、【赤猫】の狙いはいったい何でしょうねぇ。材木屋が儲かるほどには、大火事にもならねぇし。でも、あちこちで火ぃが出る」
湯漬けをかき込みながら、下っ引きの権左が伊三次に聞いていた。
(そうよ、そこが肝心かなめよ)
お吟も心の中で賛同した。
いつも【赤猫】の火付けが起こった時は、何処かのお店に火の手が上がる。半鐘が成り渡り、定火消し同心の指揮の下で、火消屋敷に待機していた臥煙が威勢よく飛び出して行って速やかに鎮火する。
そして日を置いて、また同じことが繰り返される。
「そうさなぁ。誰も得したようには見えねぇしなぁ」、伊三次が同意して頷いた。
利害でなければ怨恨かと、アレコレと話が飛び出す。
台所で、お吟が伊三に聞いた。
「ねぇ、伊三親分」
「定火消しって、御旗本が四人で治めてるんでしょう。それぞれの配下に与力が六人と同心が三十人。四組でお江戸を守ってるのよね」
「まぁ、そうで御座んすがねぇ。火消し人足の臥煙どもは、評判が良くねぇんでさぁ」
「そりゃぁ、命がけで火ぃの中に法被一枚で飛び込んでいくんだ。てぇした野郎たちですがね。見返りを強請ったり、火事場で盗みを働いてもいいって事にはならねぇ」
「鳶職が皆、おんなじ極道もんだと思われるのは我慢がならねぇって、左文字組の頭がよくボヤいてますぜ」
ふ~ン、と思った。
左文字組の屋敷で見る鳶たちは皆、懸命に生きている。極道だなんて、あんまりだ。
(定火消しとは、簡単に言えば武家の火消しである)
発足は万治元年(1658)
幕府直轄の消防組織。四つの組から出来ていて、お吟の言う通り、四つの組はそれぞれに旗本の管理下に置かれ、与力と同心が付いていた。それぞれの火消屋敷は(約3000坪)ほどの大きさがある。臥煙100人以上が常駐し、火の見やぐらも建っている。
火事が起こるたびに、破壊消火活動を請負う。{当然、大店や町名主からの多額の謝礼が入り、実入りも多い}
だが急成長を遂げた江戸は火事が多く、四つの組だけでは、間に合っているとは言い難かった。
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