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其の二 【赤猫】
1・
その夜の事である。
火付けの二人組が権左と辰治が率いる左文字組の夜回りと出くわして、大太刀周りのあげくに鳶を刺して逃げたのである。猫に火をつける直前だった。
刺された鳶職は、大急ぎで良晏先生のもとに運び込まれて手当を受けたが重体。
勝治は徹夜で様子を見守った。
うわ事で女房を呼んでいる、まだ若い鳶職の男。呼ばれて飛んできた女房が、手を握って震え続けている。
祝言を挙げて、まだ半年と経たない新婚だ。
鳶職の束ねとしての未熟さにつまされて、辰治は己が情けなかった。
刺された男を配下の鳶職に任せて「敵を取ってやる」、と犯人の後を追って走った。
さっきも辰治と権左は、火付けの犯人を追って走ったのだが。定火消しの屋敷の近くで夜の闇に逃げ込まれて見失った。
「すまねぇ・…おいらがドジを踏んだばっかしに‥・若に迷惑を掛けちまった・…」
刺された鳶が、苦しそうな息使いで横たわり弱々しい声で詫びた。
「そんなことはねぇよ。お前ぇはよくやった」、秀治が手を握って慰める。
辰治は、ずっと己を責め続けていた。
束ねるものとして、配下のけがは辰治の責任だ。己が刺されるよりも辛い。
その鳶職の様子を尻目に、御用の筋は待ったなしだった
「それで、如何なんでぇ。どこまで追っていった」
伊三次と同心の八島圭吾が、辰治と権左を詰問した。二人は火付けの犯人を見失った場所を言うのを、ずっと躊躇っている。
「それで如何なんでぇ、ハッキリしねぇ奴らだなぁ」、伊三次が焦れて切れっかかっている。
「いい加減に吐かねぇと、テメェを子分から外すぞ」
追い詰められた権左が、呟くような小声で答えた。
「定火消しの、火消屋敷の傍でさぁ」
「まさか!」
勿論、それ以上は言えない。
町方が拘われる筋では無い。それは目付の管轄だった。
辰治も、それ以上は言えない。言えば、左文字組に厄災が降りかかって、組の鳶職に迷惑がかかる。
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