第一章  お江戸は今日も大騒ぎ

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 其の一(八丁堀の小町娘)  1・    奥勤めと言っても、色々ある。  大奥でのお吟の身分はと言えば、お戌子供と呼ばれる最下級のお末であった。 (お末とは、いわゆる小間使い。身の回りのお世話をする雑用係のことに他ならない。お戌子供とは員数外を指す言葉で、扱いは最低レベル)  朝は誰よりも早く起きて、琴絵さまの身支度を整える。 (大身旗本のお姫様の琴絵は、自分の身の回りのことなどは一切しない)  着替えをさせて、化粧をほどこし、髪を結上げるのも、全てお末の仕事だ。  その間に、琴絵さまは軽く食べる。  本膳は、月光院様が食べ残した朝餉を、部屋の奥女中が皆で頂く仕来たりだ。  (七代様の御母堂である月光院様のお食事は、いつも十人前用意される。どの料理にも一箸しか手をつけないのが、大奥の仕来たりなのだ)  琴絵さまが、月光院様の側にお仕えしている間のお吟はと言えば、琴絵が散らかしたお部屋の掃除と片付け。細々したお使いから、実家方へのお知らせなど、遣ることが満載のお末の仕事に忙殺される。  空いている時間は、大奥に相応しい女に為るための教養を詰め込まれる。  優雅な奥向きの暮らしとは無縁なお末の生活だが、食事も自由には食べられない。お台所から余り物を頂戴してきて、同輩たちと一緒に大奥の片隅で、素早くありつくのである。  見た目と違って、ちっとも優雅でも何でもない大奥の暮らし。  だが、母が病がちで薬代がかさむうえに、三十俵二人扶持の御家人の暮らしは貧しい。そんな家計を、幼い頃から遣り繰りしてきたお吟だ。  其処らの町娘と変わらないチャキチャキの江戸っ子に育ったお吟には、大奥の下っ端の暮らしも苦にはならなかった。  何と言っても、衣食住がただ。然も、教養も付けて貰える。今時、女指南所に通うのも、たいそうにお金が掛かるのである。  結構に要領の良いお吟は、朋輩たちとも上手く付き合ってきた。  二年目に入って姐ご風を吹かせ、居心地の良くなってきた矢先の、まさかの琴絵さまのリストラ騒ぎ。  大奥での職を失って、あえなく失業した。    仕方なく、そんな二年の暮らしに別れを告げて、久しぶりの我が家に帰って来たのである。もとより大奥に未練など欠片も無い、十六歳のお吟だった。
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