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其の一 (【赤猫】ふたたび!)
1・
お吟は、根岸の左文字組の寮で新年を迎えた。
江戸のお正月は、その身分によってそれぞれのお正月。江戸の庶民のお正月は、また独特だった。
大晦日の夜は、どんちゃん騒ぎで賑やかに盛り上がる。
翌朝は元旦!
昼過ぎまで、ゆっくりと寝て過ごす。
街も静まり返っての、寝正月。
お武家が千代田のお城に登城したり、挨拶回りをしたりと、忙しい正月を過ごすのとは対照的だ。
二日は“よろず物初め”で、街は打って変わって賑やかに!
三日ともなれば道具箱を担いで、元気に仕事をする為にとび出していくのである。
江戸っ子の殆どは、なにがしかの職人。働いてその手間賃で食べているから、遊んでなんか居られない。
左文字組の根岸の寮に間借りした矢島与左衛門と妻の千鶴の暮らしも、そんな庶民の暮らしの中にあった。
やっとお吟を手元に呼び寄せた夫婦は、間借りさせてもらったお礼に、失恋の痛手から立ち直れず、弱っている辰治の世話を引き受けたのである。
諦め切れないお茂の、最後の企みだった。
一緒に暮らせば、もしかしたら瓢箪から駒かもしれない。
二日に為って、商家や問屋には初荷が押し寄せる。それでこそ、何時もの活気が戻った江戸の町。
いたって静かな寮にも、それなりに出入りの職人や魚屋がやって来る。
三が日もすんだ頃になって、良晏先生も遣って来た。
「お吟や、辰治さんの往診に良晏先生がお見えだよ」
与左衛門が呼びに来て、手洗い用のお水を張った桶や手拭いやらを座敷に運び込んだ。
「勝っちゃん、明けましておめでとう」
こっそりと、素早い挨拶。
勝治も微笑んで、挨拶を返した。
もう、昨年の事に為った。
平塚宿から帰るなり、高熱を発して寝込んだ辰治が、今年になってやっと、布団からは出た。だが、今だに鬱々として暮らしている。
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