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いつも鬱陶しいくらいに力に溢れていた辰治の今の姿が、信じられないくらいに痛々しいとお吟は思った。
「良晏先生、辰治さんは大丈夫なの」
心配そうに聞くお吟に、良晏先生が笑って大丈夫だと太鼓判を押した。
「失恋の病は熱病のような物じゃよ。忘れる時がくれば、全快じゃ」
時薬だと笑った。
(ーそうなのかー)経験がないから、素直に聞きいった。
お吟も失恋をした。
ずっと憧れて来た小頭の佐吉に、二世を誓った恋人がいたのは大変なショックだった。
だがそれは憧れで、本気の恋じゃないから立ち直りも至って早い。
今ではアッサリと乗り越えて元気一杯。
それに引き換え、哀れな今の辰治だ。
「お昼ご飯は江戸の三白。豆腐と大根だからねぇ」
お吟が鬱々と過ごしている辰治を、サッサと食べに来いと呼んでいる。
「ウッるさい女だな。聞こえてらぁ」
面倒くさそうに、辰治が返事をする。
仕方なさそうに、御膳に向う。
そんな繰り返しの中で、十日の日々が過ぎて行った。
「おい、お替りだ」
茶碗をつっけんどんに突き出して、御膳の料理を残さず平らげるようになった辰治の様子に、お茂は涙をこぼした。
「お吟ちゃん、ありがとねぇ。あの子がもとに戻ったよぉ」
はらはらと、涙が止まらない。
やっと左文字組は、跡取りの辰治を取り戻したのだった。
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