第二章  凶賊【赤猫】・参上

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 2・  一月も半ば、小寒の次候。  一年で一番寒い季節がら、出歩く人の姿もない寒い夜の事だった。  深川の古寺の本堂にその夜、凶賊【赤猫】の頭目が手下を集めた。  御三家筆頭・尾張徳川家の城下町である名古屋で、チョットした火事騒ぎに紛れて(いそぎ働き)をすると、そのまま江戸に舞い戻って来たのである。  「お帰りなさい。お頭」  色っぽい声で迎えたのは、あの美代鶴だった女。今では、深川で船宿“泉”の女将・小春を名乗っている。  練馬の出で、借金を抱えていた芸者の小春から、五十両で信濃屋が人別を買ったのだ。  「お前と離れてなどいられないよ。私が江戸に居られるように手を回すから、一緒に居ておくれな」  信濃屋に取っては、五十両など大した金子では無い。以来ずっと信濃屋に囲われている。  相変わらず、溢れる様な色香だ。  「久し振りだなぁ、美代鶴。いや、今は小春か」  頭巾の男が、低い含み笑いを洩らした。  一味は全部で三十人だ。  一渡り、ねめつけた。  「お帰りなさいやし」、頭を下げて前に進み出た男に、頭目が労いの言葉をかける。  「権左もようやった。お前のお陰で、大岡越前の奴は、【赤猫】を始末できたと思っておるだろう」  「こいつは手間賃だよ。とっておきな」  切り餅を一つ、男に投げて遣る。  受け取った男の顔が、灯明に浮かび上がった。  そう、その男こそ伊三次の下っ引き。  辰治と左文字組の鳶たちを夜回りに誘い、火付けをしようとしていた臥煙に出くわす段取りを付けるのが、権左の役目だった。  逃げる臥煙を追って、火消し屋敷に辰治を導きながら、闇の中で臥煙を見失わせると言う難しい業を見事に果たした。  あの一事が在ればこその、御庭番の登場だったと言える。  「さすがはお頭だぁな。あんな算段は、そんじょそこらの盗人にゃぁ、できやしねぇ」  権左が、頭目におもねった。  
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