第二章  凶賊【赤猫】・参上

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 「大岡越前が油断している今こそ、我らの本願を果たすときよ。狙うのはお上の御金蔵だぁな」  「あちこちから火の手を上げて、江戸中を混乱に落としておいてから、御金蔵に押し込みをかける」  「お前達もその積もりで、気を入れて遣っておくれ」  剣呑な事を言いながら、薄く口許を歪めて笑った。  今夜は顔見せだった。  頭目と小頭の銀次が、事を起こす前に初めて一味を参集して、盗賊の顔つなぎをしたのである。  浪人も居れば、錠前破りの男も居る。  火付け役や、臥煙として火消屋敷に潜り込んでいる者達も幾人かいた。  「今夜は顔つなぎだけだ。また呼ぶから散っておくれ」  頭目の言葉に合わせて、多少の金子を全員に配ってお開きに為り、一味は其々に散っていった。  残ったのは、美代鶴と権左。そして小頭の銀次だけだ。  「ところでお艶。この前の御旗本の長内佐兵衛様みたいな、火付けを企んだ罪で死んで頂くお人の用意は出来たのかい」  頭巾を外した男の顔が、また灯明に浮かび上がった。厳めしい風貌の五十がらみのその男は、豪商の廻船問屋の鷲頭屋(わしずや)として、江戸中にその名を知られた男だ。  美代鶴の真の名は、お艶と言う。 凶賊【赤猫】の頭目の娘だ。小頭の銀次は頭目の年の離れた弟で、権左も頭目の息子だ。  お艶の役目は、誑し込みである。  成熟した女の醸し出す、色香にあふれた艶やかさ。其処へもってきて吉原の花魁も顔負けの床業が加わって、男どもを蕩けさせる妖婦だ。  頭目の問いに、お艶が蕩ける様な笑みを浮かべて、襟元をなおしながらクスッと笑う。  惚れ惚れするような、色っぽい仕草だ。  「材木町の大店。信濃屋なんてどうかしらねぇ」  「お江戸を処払いに為ったアタシの為に、五十両で人別を買って、もう罪を犯しちまってるお人好しさ」
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