第二章  凶賊【赤猫】・参上

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 「相変わらず、恐い女だなぁ。お艶が姉さんでよかったよ」  権左がお艶を見て、さらに呟いた。  「左文字組の辰治はよぉ。処払いになったお前ぇを追って、平塚宿まで行ったんだぜ。それも勘当覚悟でよぉ」  ふっふっ、とお艶が楽しそうに笑った。  「其処でお前ぇが、信濃屋の隠居と出来てるのを見ちまったわけよ。江戸に帰ぇって来るなりよぉ、高い熱出して寝込んじまったのさ」  「床を離れても、暫くは鬱々としてたね。そりゃぁ左文字組の頭が、やきもきと心配したもんよ」  「お前ぇも、罪つくりな女だぜ」  伊三次の子分だから、辰治の事はよく知っている。  権左の言葉に、また楽しそうに微笑んだ。  「そいつは勿体無い事をしたねぇ。ちぃとは摘み食いをして置くんだったよ」  「あれで辰治って漢は、粋でいなせで床業も中々のもんだったからねぇ」  色っぽい含み笑いを洩らしたお艶に、銀次が釘を刺した。  「おい、お艶。惚れた腫れたは金輪際ご法度だぜ。そこんところは大丈夫だろうな」  「アタシを誰だと思ってるんだい。【赤猫】の頭の娘だよ。茶々を入れるのは良しとくれ」  軽くにらむのも艶っぽい。  「こりゃぁよぉ、辰治でなくったっていっちまわぁな」  「クワバラクワバラ」、茶化して権左は伊三次のもとへ帰って行った。  「次の繋ぎまでは大人しく、信濃屋の隠居で我慢するんだぜ」  頭目が緩い笑いを浮かべて、言い含めた。  凶賊【赤猫】が今迄、お上の手を逃れて無事に逃げおおせて来たのも、罪を押し付ける相手を用意して来たが故。  お艶はイイ女だが、一人の男では我慢できない業の深い女だ。  釘を刺しておかねば、心配だった。
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