第二章  凶賊【赤猫】・参上

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 3・  お吟の兄、矢島圭吾の祝言が来月と決まり、結納が交わされたのが三日前。  【雉初めて鳴く】と言われる小寒の末候に入って、すぐの事だった。  それは雉のオスがメスを求めて、「ケーン・ケーン」と鳴き始める季節だと言われている。子孫繁栄の縁起を担いだのである。  結納のお使者には、仲人の吟味与力・臼井健四郎を頼んだ矢島家だ。  今後の引きが、大いに絡んでいる。  これで同心の矢島圭吾は、晴れて臼井派に為ったも同然だった。  婚礼に向けて、矢島家の屋敷は改装中。遂にお吟は、帰る家を失くしたのである。  「お吟の嫁いり先を、そろそろ本気で探さねばのぉ」  寂しそうに与左衛門が呟いた。  辰治の失恋騒ぎで左文字組の頭は、勝治とお吟の縁談話を持ち出し損なっていたのである。  其処へ。思いもかけぬ話が臼井健四郎から圭吾にもたらされたのは、結納から間もなくの事であった。  先の町奉行、松平佐渡守と臼井健四郎は仲が良い。  遠い先祖の出身地が同じという、極めて薄い絆ではあったが、出世競争が激化した昨今では大いにものを言う関係だった。  その松平佐渡守から臼井健四郎が頼まれた、お吟の出仕話だった。姪の琴絵の縁談が調ったので、「ふたたびお吟に、琴絵の侍女として仕えてくれぬか」と打診してきたのである。  平たく言えば、嫁ぎ先に一緒に入る奥女中を探している。 (含むところの多い仕事の依頼だった。もしも将来、琴絵に男子が授からない時には、代わりに子を産む女が必要になる。その為の女中を連れて嫁入るのである)  父の与左衛門が聞いたのであれば、即座に断っていた。  だが、今の圭吾は微妙な立場にある。  返事を保留して、父の隠居している左文字組の寮に向かったのだが。  話を保留したと言うことは、「受ける気がある」と表明したに等しい。  与左衛門は返事に詰まり、頭を抱えた。  
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