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其の二 (捕物オタクのお吟ちゃん)
1・
お吟は左文字組の寮に起き臥しする身ながら、評判の高い町医者の良晏先生の養女と言う身分に為って、矢島圭吾の妹では無くなった。
この事態は、圭吾にとっては吉とも。またある意味では凶ともいえた。
許婚となった静江にとっては大層な朗報である。義理のとは言え、妹ともなればそれなりに付き合わねばならないが、他家に養女に出たと在れば問題外。
「血のつながりはあっても、他人も同然」
親にも、周りにも公言して憚らなかった。
だが吟味与力の臼井健四郎は、顔を潰されたとへそを曲げている。
「拙い」とは思っているが、もはや他家に養女に出した妹にはどんな命令も出来ない。
「申し訳ござらぬ。何とか良晏先生に話しては見まするが…」
歯切れの悪さは否めない。
「もうよいわ」、と切り捨てたい所がが、臼井健四郎としても松平佐渡守の意向は無視できない。
板挟みにあっていた。
一方のお吟は、元気一杯。
裏の事情など何も知らないお吟は、新しい環境に興味深々だった。
「良晏先生、私もお手伝いがしたい。往診について行っちゃダメですか」
もう十篇は、交渉済み。
「お吟ちゃんの気持ちは嬉しいが、医者の仕事は危険な仕事だ。病が移ったりしたら、父上や母上が悲しむよ」
だが、断る本音は違う。
左文字組の秀治から、お吟を矢島家から遠ざけるその真意を聞いている。
辰治も、勝治も知っている良晏としては、中立を守りたいと思っていた。可愛い弟子の勝治の想いにはテコ入れしたいが、それじゃあ辰治に不公平だ。
「お前が押しつけたのは、難しい役目じゃぞ」
秀治にも愚痴ったくらい、真面目で正直者の良晏は困っていた。
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