第二章  凶賊【赤猫】・参上

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 お吟は、書き出したものを、何度も繰り返し読んでみた。  一生懸命に思い出しながら書いたのに、抜け落ちていて思い出せない大事な事が幾つも在りそうなのに、やっぱり思い出せない。  お吟の中に腑に落ちないことが溜まっていって、珍しく苛立ちが生まれた。  寮の庭を見ながら物思いに耽るお吟を見かねて、与左衛門が声を掛けたのは、昼餉が終わって家事がひと段落付いた頃だった。  「お吟や、何か困った事でもあるのかな」  心配げな与左衛門の声がした。  「ねぇ、お父様」  「大事な事なのに思い出せない時って、どうしたら良いのでしょう。何かとっても大事な事を見落としている」  何の事か良く解らないが、気落ちしている様子が可哀想だ。  「聞いてあげるから、困っていることを話してご覧」  話しを、それと無く促してみる。  「お父様はこんな時は、如何なさったの?」  懐から、捕物話を書き出した紙を取り出して、こっそり見せた。千鶴に見られたら、叱られる。  困り果てていたお吟は、もと同心だった与左衛門の知識と勘を頼る事にしたのである。  (そうよ、お父様は捜査のプロ。ここは元同心の出番よ)  与左衛門は書き出したものを見て、つい皺の寄った顔に微笑みが浮かんだ。昔から娘の捕物好きが好ましかった与左衛門である。  一緒に、娘の捕物帳を読んで、考えてみるのも面白い。与左衛門の眼に、久しぶりの嘗てのきらめきが戻っていた。  捜査の楽しさが蘇る。  お吟の望みをかなえて遣る気に為った。  まず最初の一手だ。  「ところでなぁ、お吟や。その美代鶴を追って小料理屋へ行った件だがなぁ」  与左衛門が、「如何やって美代鶴がそこに居ると解ったのか」、と聞いた。  「う~む」  思い出そうと頑張った。  「美代鶴に男が居る事を、お前たちは誰かに話さなかったかい」  聞かれて、チクッと何かが引っ掛かった。  (そうだ。あの時は伊三親分の店で勝治さんと、美代鶴の事を佐吉さんから聞いたんだった)、と思い出した。
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