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「すまねぇな、あいつは普請場の見回りに出てるのよ。今度は連れて来るから、勘弁してくんな」
済まなそうに笑った。
「それよか、お吟ちゃん。赤猫が出てるんだ。夜は気を付けるんだぜ」
八丁堀同心の家に育ったお吟である。
【赤猫】の意味も当然知っているから、震えあがった。
「本当にそんな残酷な人でなしが、江戸の町に出るの?」、言葉に詰まった。
【赤猫】とは、火事の隠語にもなっているくらい有名な手口だ。
まず、生きている猫に油をかけて火をつける。次に、身体に火がついてもだえ苦しむ猫を、火を着けたい目的の家に放すのである。
当然の事だが、火が燃え広がって火事が起こる。残酷で陰湿な火付けの手口だった。
なにせ当時は殆どが木造家屋だ。火事が起こりやすい。
その頃の江戸を火災から守る消防組織は、三つあった。大名火消しと定火消し、それに素人集団の店火消しだ。
町家の火事は、おもに定火消しの担当だった。
{“臥煙(がえん)”と呼ばれる鳶職は、大岡越前の指揮で町火消しが発足する前は、町家の火事を消す役目を担っていた定火消しの主要人足だったのだ}
秀治が頭をつとめる左文字組も、多くの鳶職を抱えていた。
他の鳶の頭と同じく秀治も、火事となれば法被とふんどし一つで駆け付けて火事場で活躍する鳶の気の荒い男達を数多く束ねて、その配下に従えている漢気だ。
その鳶職を使って夜回りをかけるほど、この頃の江戸では火事が頻繁に起こっていた。
火付けを取り締まるのも、町奉行所の仕事だ。兄の圭吾も朝も早くから、忙しそうに出かけていた。
秋の夜長。
夕餉の膳を囲みながら、お吟が圭吾に聞いた。
「今度、新しく南のお奉行様になられた大岡様って、どんなお方なの」
普通のお武家の家では、女は台所で後から食べるものだが、矢島家は八丁堀の三十俵二人扶持の貧乏御家人。
手間を省く為に、昔から家族が一緒に食べていた。膳を囲んで、話もする。
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