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吉宗さまが将軍になられた翌年、大奥のリストラ作戦と時を同じくして、南町奉行に就任した大岡越前守忠相。
遣り手と評判の、吉宗さまの懐刀だ。
お吟も大奥で噂には聞いていたから、興味津々で兄の返事を待っている。そんな妹に、思わず警戒の眼差しを向けた。
「赤猫の探索を、指揮していらっしゃるんでしょう」
妹の言葉に、警戒警報が響き渡る。
昔から捕物ごっこが、三度の飯よりも大好きな妹だ。警戒心がむくむくと、入道雲のように圭吾の心に湧き起った。
「何故、その様なことを聞くのだ」
「お吟、またぞろ良からぬことを考えては居りませぬか」、母の千鶴が不安そうに眉を寄せた。
膳の上のアジの干物をつつきながら、父の与左衛門が笑った。
「お吟はちっとも変って居らぬな。大奥に出した時は、手の届かぬ大奥のお女中に為ってしまうのかと、寂しかったがのぉ」
嬉しそうに微笑んだ。
病弱の妻の看病がして遣りたいばかりに、まだ二十歳の圭吾に家督を譲って、同心を引退した与左衛門だったが、其処につけ込んだのが、町奉行だった松平佐渡守だった。
二十歳の圭吾には、お吟をかばって話しを断るなど、とうてい出来る業では無かった。
十四歳というのは、決して奥勤めに出るのに珍しい齢では無いが、“末の奉公”というのはお吟が可哀想過ぎると思っていた。
町家でいえば、下働きの下女と同じだ。
圭吾は気にもしていないようだったが、与左衛門はずっと、お吟の身体を心配していたのである。
圭吾とお吟は六歳違いの兄妹。
妹のお吟が生まれて直ぐに、千鶴の乳が出なくなった。その時に鳶の秀治の家に二歳になるまで預かってもらったのが、圭吾の中に何かわだかまりを残しているらしい。
何処か深いところで、お吟に冷たい。
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