92人が本棚に入れています
本棚に追加
4・
裏返した法被を羽織った。
辰治の法被の裏地には、見事な桜吹雪が舞う。
組頭の辰治を先頭に、町火消しの“い組”の凱旋である。町内の喝さいの中、晴れがましい時を迎えて、“い組”の臥煙たちは少し照れていた。
朝になって、火事場から凱旋してきた左文字組の面々を、お茂が炊き出しの飯と汁で出迎えた。
「お前さんも辰治も、風呂の用意がしてあるよ。サッサと入っとくれ」
大きなたらいに湯を張った風呂だが、江戸っ子はまず身だしなみだ。
多少の火傷など、気にしちゃぁ居られないのが、江戸の漢。
「親父、先に入ってくんな。おいらはお吟のところにチョット行ってくらぁ」
お吟は左文字組の者たちに担がれて、昨夜のうちに運び込まれた。お茂の監督のもと、勝治の手当てを受けた後で、座敷に寝かされている。
座敷に入って来た辰治に気付いて、慌てて布団をかぶった。
恥ずかしくて堪らない。
「布団の中で、寝た振りはよしねぇ。止めねぇと襲っちまうぜ」
布団の端を被って、恥ずかしがって隠れていたお吟が、小さな声で言った。
「怒ってるよね」
「ああ、ものすごくな」
声が笑っている。
「この撥ねっ帰りが。あんな所で何をしてやがった。正直に言いな」
「怒らねぇからよぉ」
優し気な辰治の言葉につい気を許してウッカリと、船宿まで美代鶴を救おうとして行った話しや、“赤猫”の手下に捕まって縛り上げられた話をしたから・・・さぁ、大変!
「この大馬鹿娘がぁー!」
「なんて考えのねぇ事をしやがるんだッ。おいらが間に合ったから、助かったようなもんのぉッ。もう少しで焼け死んじまう処だったじゃねぇかあー!」
辰治の大きな罵声が、雷のように屋敷中に響き渡り、お吟は震え上がった。
いきなり布団ごと抱き取られると、青筋を立てた辰治の顔が目の前に迫る。
「ごめんなさい」、上目使いに盗み見る。
「もうしませんから許して…うウ~」
全部言えなかった。
辰治が骨が折れるほど強く抱き締めて、唇を奪ったのだ。
その怒りに燃えた口づけに、酸欠を起こして意識は朦朧。
スッカリ怯えたお吟だった。
最初のコメントを投稿しよう!