第三章  【赤猫】VS・お吟ちゃん・

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 番屋に運ばれてきたお艶こと、美代鶴の面体を確かめる為に、かつての馴染みで深い仲だった辰治が呼ばれたのである。  戸板の上に乗せられた、乱暴された挙句にしめ殺され、乱れた姿の美代鶴の死体。苦渋に満ちた顔で、辰治は美代鶴を見ていたと。  佐吉が言っていた。  「お吟ちゃん、そっとしといて遣りねぇ。情を通じた女だぁな。悪だと分かっちゃ居ても、やっぱ辛ぇもんよ」  佐吉の言葉が、心に重くのしかかった。  だから、まだ祝言には同意できない。  「美代鶴さんの為に背負った不動明王が、辰治の背中には居るんだもの。辰治の背中を平気な顔でなんて見れないよぉ」、と二の足を踏んでいる。  なにせ、男音痴のお吟には、辰治の気持ちがまるで解っちゃいなかった。  その辰治は、ジリジリして祝言の日を待っていたのである。  美代鶴との思い出は、確かにまだ心の片隅で生きてはいる。(しかしそれは、終わった恋)  だが、お吟はそれよりもずっと前から、彼の心に住み続けている愛しい女なのだ。  「お吟はおいらのもんよ。何たって、火ぃの中から助け出したのは、おいらなんだからな」  お陰で彼の背中の彫り物には、不動明王がつけた炎の焼け焦げまである、と評判に為っている。  「彫った時よりも、あん時の火の粉の方がよっぽどきつかったぜ」  「おいらはお吟の命の恩人よぉ。恩を返しやがれぇってんだ」  辰治は、お吟が欲しくて堪らない。  我慢も限界に達し様としていた。  春もうららの左文字組。  此の祝言、如何為ることやら!                      ー 完 -
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