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「それなのに、この親不孝もんがぁ!」
意識を取り戻してから、秀治の腕の中で歯噛みして悔しがった。
もしお吟がただの町娘だったなら、彫り物を背負ったくらいは何でもない事だった。
鳶を束ねる稼業の、羽振りの良い左文字組の跡取り息子だ。大して祝言の障りになりはしない。
だがお吟は八丁堀同心の妹で、軽格とは言え直参御家人の娘。嫁に迎えるにしても、一度はどこかの商家に養女に出て貰わねばならぬ身分だ。
「倶梨伽羅モンモンを背負ってる男になんてぇッ、武家の娘は嫁げませんよぉ」
もう涙が止まらない。
それこそ何もかも承知の上で、辰治が企んでやらかした事だった。
「ハッキリ言わせてもらうぜ。お袋の願いなんざぁ迷惑至極よ。金輪際、願い下げだぁな。野暮もほどほどにしねぇ。お吟なんていうしょんべん臭ぇおぼこ娘は、こっちから願い下げだぜ」、今迄心の中で思っていたことを、遂に口にした。
稼業が稼業だ。
十八歳にも為らないうちから、吉原や岡場通いも経験済みの辰治だ。色っぽい芸者と出逢い茶屋などで、しっぽり濡れて楽しんだことも星の数ほどある。
「だいたいあの小娘は、小頭の佐吉に“ほの字”よ。馬鹿馬鹿しいったらありゃしねぇぜ」
「おいらの女房には、常磐津の師匠の美代鶴を貰うと決めてるんでぇ」
これこそ辰治が、背中に不動明王を背負った真の理由だった。
お吟なんて言う、お堅いばっかりの生娘を押し付けられちゃたまらない。
辰治の言葉に、再び卒倒しかけたお茂。
その時、隅で騒動を黙って見ていた辰治の弟が、遠慮がちに穏やかな声で口を開いた。
「兄さんがお吟ちゃんを要らないのなら、おいらが貰っても良いかな」
勝治は兄の辰治とは違って、穏やかで思慮深い若者だった。学問所を優秀な成績で終えた後も、名医だと評判の杉田良晏のもとで、医者の見習いとして勉強中だ。
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